2014.03.08 (正)羊陸の交わり (誤)陸羊の交わり、という話

 羊祜と陸抗の故事からできた「羊陸之交」という成語があるらしい。というのは、陸抗に興味を持ってから少し経った2007年頃に、中国語圏のサイトなどで知ったことだった。(例:教育部重編國語辭典修訂本 > 羊陸之交)『三国志』『晋書』他には「羊陸之交」という表現はないが、特に具体的な出典・用例を確認してみることもないまま、そんな言葉がある「らしい」、と思っていた。

いつの間にか、誤った成語が広まる

 近年、ブログ等で人名順序が違うだけの「陸羊之交」という、こちらも出典の不確かな表現が見られるようになった。それも日本語圏ローカルで、しかしいつの間にやらまるで羊祜・陸抗ファンの常識かのように氾濫している。いつから広まったのかは不明だが、少なくとも2007年頃には、この表現はネット上にはみられなかった。

Wikipediaのせい?

 調べるとどうやら日本語Wikipediaの羊祜の項に2008年に匿名の投稿者が記した情報が広まったものではないか、とも思えてくる。良くも悪くも、というか主に悪い方向に影響力の強いWikipedia。成語自体が日本語訳されていないことからして、中国語圏サイトでみられる情報を投稿者が誤記したのかも。

 驚いて、Twitterで投げかけてみたが、交流のある幾人かが「羊陸之交」という成語を認識していた一方、「陸羊之交」を成語として知っている人はいなかった。いつの間に順序が逆になったのだろう? というのが、私の周りの平均的な認識。それが2011年のことだったが、特に深入りしないまま再び三国志から遠ざかってしまい、月日が経過……

 あるときまたこの言葉を目にして、気になりはじめる。出典不確かな情報が広まるのもファンとして嬉しくないが、間違った情報が広がるとなるとなおさらだ。Wikipediaの記述にはいつの間にか、成語としての用例が見られないとして「要出典」タグが付けられていた。が、こうしたものは無視されるのが常で、引き続きこの出典不明の成語は羊祜・陸抗ファンの間に、前よりもいっそう広まっていた。

 人名順序については、羊祜の方が年長者であり、戦勝国側でもあることから「羊陸」のほうが自然と思える。電子文献を検索していたら「羊陸故事」など幾つか「羊陸」と並び称される例はあったものの、この成語としてではなかった。

中国語の成語辞典に載っていた「羊陸之交」

 と、いうわけで、成語辞典の類を片っ端から調べていたら、中国語の分厚い辞典でやっと発見。

【羊陆之交】yáng lù zhī jiāo [色彩]褒义。[结构]偏正。[类别]喻人(情谊)类。[释义]羊:西晋初大将羊祜;陆:吴国大将陆抗;交:交往,友谊。羊祜和陆抗的交谊。魏末晋初时,羊祜率兵伐吴,陆抗(陆逊之子)率兵抵抗。两军交战时,陆抗送酒给羊祜,羊祜不疑而饮;陆抗生病,羊祜送药给陆抗,陆抗亦不疑而服用。后用“羊陆之交”比喻不带任何政治成见的私人交谊。[语见]唐・房玄龄等《晋书・羊祜传》:“晋武帝遣羊祜伐吴,陆抗御之,虽相为敌,而名尚信德。”

王兴国编著『汉语成语大词典』华语教学出版社、2010年、P1497

 出典としては羊祜伝がさも引用かのように記述されている気がするが、これは要約である。成語自体の具体的な用例は載っておらず、この辞典が信頼できるものかどうかも不明で、いずれにせよかなりマイナーな成語らしいが、ひとまず市販の書籍に載っていることがわかっただけでも収穫。

 というわけで一応、羊祜と陸抗の故事成語は、実在した。そして正しくは「羊陸之交(羊陸の交わり)」であって、「陸羊之交(陸羊の交わり)」ではない。

 Wikipediaは修正したが、既存の広まり具合からして、手遅れ感が否めない。

コーエー三國志シリーズのせい?

 ところで、誤りのほうの「陸羊之交」で検索すると、「三國志名勝負」というページを発見した。シミュレーションゲーム「三國志12」の公式サイト内のコーナー。羊祜対陸抗の「対決」で「領民だけでなく敵兵にも尊敬されていた羊祜の勝利。」という記述があり、そのタイトルが「陸羊之交」とされている。もしかしたら、コーエー三國志シリーズが誤解の元ネタなのかもしれない。元々このゲームシリーズの設定や列伝の記述はかなりいい加減で、そんなものだ、と割り切っていたが(生没年や出来事の間違いは数え切れず、酷い例としては、吾彦のあざなを間違っている!)、こうも広まると困る。が、三國志12は2012年に発売されたゲームらしく、それ以前のバージョンからこの表現が使われていたかどうかは未確認。案外、ゲーム公式側がWikipedia等の不確かな情報を元に書いた、という可能性もありそう。

 そもそも、「羊陸の交わり」の対決結果は『三国志演義』においては羊祜の勝利と言えなくもないが、一方で戦場においては陸抗が勝利しており、陸抗と羊祜の対決で羊祜が勝ったという表現自体、いかがなものだろうか……

本来の逸話と、成語の意味の乖離

 詳しくはコラムページ陸抗と羊祜 - 「羊陸の交わり」の真実に書いたが(成語の出典も含め、一部追加訂正済み)、本来、彼らの行動は、敵国の民を懐柔しようとするれっきとした政治上の策略であった。が、前述の辞典を信じるなら、「羊陸の交わり」はむしろ政治的な立場を離れた私的な友情の例として後世に伝わった。実際に、彼らの間にはただの策略を超えた絆があった、とは想像しているが、それにしても本来の目的が一種の「戦」であることには変わりなく、成語としての意味とは真逆。羊陸ファンとしてこの「羊陸の交わり」は、どう使っていいのか迷うところもある。