陸遜の命日(呉・赤烏8年2月4日、西暦245年3月19日)

 『三国志』呉書に、陸遜は「(赤烏)八年春二月」に死去したとあるが、陸雲作の「呉故丞相陸公誄」によれば、これは「赤烏八年二月乙卯」のことである。兩千年中西曆轉換で変換すると、赤烏8年2月4日、西暦では245年3月19日にあたる。

惟赤烏八年二月,粵乙卯,吳故使持節、郢州牧、左都護、丞相、江陵郡侯陸公薨。

陸雲著、劉運好校注整理『陸士龍文集校注 上』鳳凰出版社、2010年、P636

 ※この本では『三国志』の記述に従い「郢州牧」は「荊州牧」、「左都護」は「右都護」の誤りとされている。実際には「郢州牧」で正しいという説もあるようだが。

 ネット上にもあります。

陸雲『欽定四庫全書 陸士龍集 巻六』(Internet Archive)※リンク先PDFの9ページ〜

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2014.03.19