『サバイバル三国志』と病

 医学の観点から三国志を読むという一風変わった本、『サバイバル三国志』(若林利光 著、オーエス出版)を読んでみた。

 著者は医師であり、描写から死因を推理していたりして成程、と思うところもあるけれど、全体としてあまり斬新さはない本だったかも。この本の帯には「歴史を変えた本当の敵は病だった」とあるが、病との闘いというのは、武将自身の病にせよ兵士全体の疫病にせよ、敵と闘うのと同じくらい頻繁にして重要な事件で、健康の明暗がときに歴史を決した、というのは当然のことだと思っていたので、歴史の裏はこうだったのかーみたいな斬新さは特になかった。(北方三国志の影響が大きいかも。北方三国志は病の描写が細かいし、それに対する各々の姿勢がまたいちいちかっこいいのよね!)

 で、ひとつ夢を打ち砕かれてみる。それは「憤死」について! 私の理想とする「静かな憤死」というのはどうも成立しないようだ。成立しないというよりは、実際には成立するのだがそれは憤死とは分類されにくい。

 静かに変調を来して死んでいく場合には、原因がどうであれ単なる病死と思われてしまう。よってわざわざ憤死と書かれている場合には、怒り・ストレスを引き金として急に脳卒中や心筋梗塞などを発して死んだ、と推察されそうだ。

 そしてこれはある程度高齢の、そして性格的に怒りを外に発するタイプの人に起きるそうだ。同じ原因であっても、怒りを内にため込む人は一見単なる病死(私の思うところの静かな憤死のほう)という結果になるのだろう。

 若林先生的には三国志の憤死した人代表が陸遜だそうで。そうだったのか……この件って演義ではスルーされているし(ちょっと記憶が曖昧だが多分)、マニアと陸遜ファンしか知らない意外な事実なのかと思ってた。笑 しかし陸遜って果たして怒りを外に向けるタイプなのだろうか? 個人的な好みは、内に向く人なんだけどね。

 もうひとつ、赤壁は曹操軍の疫病の流行が最大の勝因だったという風に書かれている。それにしても呉の十八番は「だまし」と「火攻め」だって! 火攻めはいいとしてだましってヒドイ。心理戦術と言ってくれたまえ!

 それよりも若林先生……周瑜の死因が「酒の飲み過ぎによる肝硬変か糖尿病」っていう考察は微妙過ぎるのでなんとかなりませんか……


 この本の影響もあって改めて思うのは、健康状態の悪化を敵に知られるのは指揮官としてあってはならない、ということ。

 司馬懿が、寄越された使者に諸葛亮の日常の様子を訊ねて健康状態を察知する、というシーンは、使者がそんな重大機密に繋がる内容を敵である司馬懿に簡単に喋るのはおかしい、実際にはスパイから得た情報かもしれない、と若林先生も考察している。確かに、いくら迂闊な使者とは言ってもね……

 私としては、敵の健康状態を探るといえば、陸抗が晋の武将・羊祜に酒を、羊祜が陸抗に薬を贈った、というエピソード。

 しかし羊祜は別の場面(場面、っていうのは演義の話なので。どの程度実話かは未確認)において「陸抗が生きている間は呉に攻め込むのは危険だ」と判断していることからも、正直彼にとって陸抗が死ぬ機というのは、ひそかに窺っている一大チャンスと思われる。

 そんな中、薬を贈るというのはバッチリ敵の健康状態を把握していて、かつそれを当人に示すことにもなり、いいのだろうか……とも思えてくる。(むしろ陸抗が羊祜にいい薬がないか訊ねたというパターンの逸話もあるが)もっとも、まさに武力で闘っている途中であった諸葛亮と司馬懿とは異なり、ここで展開されているのは特殊な精神的な戦であると考えると、通常とは情報の扱い方も違ってくるのだろう(強引)。

2006.11.08