2020.01.17 ドラマ「三国機密」結末の感想

 三国機密こと「三国志 Secret of Three Kingdoms」(原題:「三国機密之潜龍在淵」)最終話。機密曹丕ちゃんファンによる、およそ三周目の感想です。

 BS放送で盛り上がっていたのに乗じてTwitterに書いていたけど、結末ネタバレ&文章量の都合で、やや唐突ながらここに。


 最終話で、ついに謀叛を起こした曹丕は(魏王が漢の皇帝に武力で迫る三国志ドラマ……!)、劉協劉平の譲位によって、望みどおり「父を超える」皇帝の座を勝ち取った。才能で父を超えられないことは、本人が痛感している。それゆえ彼は「父を超える位、権力」を目指すしかなかった。だが勝ち取ったはずのその座はむしろ、劉平の慈悲で与えられたものにも見える。こんな「禅譲」劇があったとは。このドラマは歴史的には敗者である漢献帝・劉協劉平を、どこまでも主人公らしい主人公として、そしてある種の勝者として描く。

 漢室復興を目指した皇帝の替え玉物語として始まったドラマだが、途中から一種の「救世主」として覚醒した主人公・劉平が、理想の世を目指していく話になる。曹丕はシンプルにいえば敵、しかもラスボスだった。元々、漢から帝位を事実上「簒奪」する曹丕はラスボスだろうと予想していたが、その描かれ方はかなり予想外なもので。

 結局、曹丕は皇帝となって、劉平の描いた壮大な天下太平プランに組み込まれ、歴史の流れの中に置かれることになった、のだと思う。

 元々、全ての命は平等という、当時としては異質の現代的な価値観を持っていた劉平は、物語後半、天下を統一するのはどの一族でも構わない、平和な世を作ることこそが重要、という根本的に「漢室復興」の理念を覆す思想に辿り着く。漢室にこだわっていた伏寿も、ついにその道を選ぶ。曹操も、彼は劉平に感化されてというよりは、劉平と戦う中で独自に似た境地に達して死んでいったのかもしれない。一方でそれに納得できずに敗死していった敵味方の人々の、最後の生き残りが曹丕だった。彼は(おそらく)最後まで劉平の理想には辿り着けなかった。

 そんなラスボス・曹丕の謀叛の動機には、かなり(主に司馬懿を巡っての)私怨が入るが、しかし彼は劉平をただ憎悪していたというわけでもない。司馬懿を巡る恋敵であり、自分が決して持てないカリスマをナチュラルに持つ恐ろしい敵でもある劉平に、しかし曹丕は依然として親愛の念も持っていたと思う。だがそんな相手を、討つと決意する。

 乱世を終わらせ平和にしたい、という願いは劉平と同じ。それでも曹丕にとって、それを導くのは「自分」でなければならなかった。父を超え、帝王として名を残す、自分の価値を永遠に歴史に記す、それが、幼いころから否定され、理不尽な罪を背負わされ続けて病んでしまった彼が求めた、唯一の救いの道だった。

 そんな曹丕が、悲願だった皇帝の座を手に入れる。だがそれは劉平の描いた天下太平プランのパーツとなることでもあった。曹丕にとって、それが救いになり得たのかどうかはわからない。余命宣告よりさらに短かった晩年に、幸せな時間があったとは到底思い難い描かれ方ではある。

 それでも劉平は、曹丕をも救おうとした。作中で彼が語った、戦を避けるため、その他の目的はもちろんあるが、武力で戦い自分が討たれる以外の別の方法で、曹丕も一緒に救う道を選んだ。劉平は、誰ひとり見捨てない。それがラスボスであろうと博愛で抱擁してしまう、そういう主人公なのだと思う。

 劉平曹丕に禅譲を決意できたのは、曹丕を支える者として、彼の最愛の義兄たる司馬懿がいたからである。献帝劉協の替え玉(双子の弟)が司馬懿とともに育った義兄弟であった、という異色の設定が最後までキーとなる。曹丕も決して無能ではなく、むしろ幼い頃から司馬懿に警戒されるほどの才の持ち主ではあるものの、やはり帝王の器ではなく、如何せんあまりにも病んでいて、彼一人では不安しかない。しかし、その傍には「仲達」がいる。このドラマの司馬懿は主人公に次ぐ超人。史実以上に彼個人の戦略が、これからの天下を動かすと予想される。

 そして劉平自身は、一線を退いて見守るだけの者となった。きっと、医師として多くの人を救いながら生きていくのだろうけど、それは天下レベルの話ではない。これに関して、初見のときは、さすがに丸投げじゃないか? とも思った。宮廷という檻を出た晴れやかな笑顔が印象的だったせいもある。自ら描いた天下太平プランの「実務」を悉く司馬懿(と曹丕)に託し、自分はスッキリと身軽になって、家族と仲良く平和に生きていく。自ら望んだ曹丕はともかく、司馬懿が背負わされたものは重すぎないか。「救世主」の決断としては、無責任なようにも思えた。

 しかし、自分の智謀で世を動かすことに最大の快感を覚える人間である司馬懿が、本当に望む生き方は、劉平が選んだ家族との平和な暮らしなどではない。それはかねてより曹丕が指摘し、唐瑛との関係の中で描かれ、53話で曹家に仕える司馬懿が自分は決して犠牲ではない、楽しんでいる、と宣言することで結論づけられた。丸投げは丸投げだけど、それが司馬懿にとっての救いにもなると判断したのだろう。劉平は、曹丕にも、そして司馬懿にも、その存在を自分の理想プランのパーツとして組み込みながら、同時に精一杯の救いを与えようとした、と今は解釈している。

 最後はナレーションで、司馬懿が魏の実権を掌握し、のちに禅譲を受けた孫の司馬炎が天下統一を果たすまでの歴史が短く語られる。歴史上の魏晋革命は、魏王朝を見限った者たちが、彼らを救い上げた司馬氏を支持していくことで実った簒奪劇といえる。しかし、統一するのはどの一族でも構わない、という理論で動いているこの世界では、事情が違う。むしろ革命は些細なことである。西晋による天下統一は、劉平が開始した天下太平プランのゴールとなる。

 ゆえにこの世界では、司馬氏が「敵」となって曹魏を滅ぼしたりはしない。もちろんこの世界でも、曹爽司馬懿の権力闘争は起き、曹芳司馬師に廃位され、曹髦司馬昭暗殺を試みて返り討ちにされるだろうが、それを曹氏対司馬氏の対立という図のみで見ることは、劉平の理念に反する。この世界では、劉氏も曹氏も司馬氏も、劉平が始めた天下太平プラン実現の同志であり仲間なのである。そしてそれが、司馬懿を愛してしまった曹丕にとっての、最後の救いかもしれない。……曹丕ちゃんファンとして思ったりする。

 歴史上の曹丕の好きなところの一つに、王朝の初代皇帝でありながら「滅びない国はない」(「自古及今,未有不亡之國,亦無不掘之墓也。」「古代から現代まで、滅亡しない国家は存在しなかったし、また発掘されない墳墓は存在しなかったのである。」『正史 三国志 1』ちくま学芸文庫)と諦念のように語る、不思議なメンタリティがある。このドラマの曹丕(の魂)も、魏王朝の滅亡については、意外と冷めた目で見つめるだけなのかもしれない。

 天下統一でほんとうに世界は平和になるのか、晋王朝の凄惨な末路についてはどうなのか、と考えるのは野暮だろう。ドラマのラストシーンは、曹丕の葬列を見送る劉平と、不遜な顔で曹叡の頭を撫でながら「天下」を見る司馬懿。この物語は、司馬懿が見つめる、数十年先にある西晋による天下統一で完結し、それがすべてなのだと思う。


 曹丕は「史書に名を残す」ということに人一倍執着していた。これは序盤、まだ健やかな少年だった頃の彼が劉平に語った「文章は経国の大業、不朽の盛事」思想のアレンジではないかと思っている。「文章〜」は最古の文学論とされる曹丕『典論』の一節だが、個人的には人間の生の儚さを語る印象が強い。どんな偉人も死ねば無となる、何か残せないか。辿り着いたものが、後世に残る「文章」なのでは。このドラマの曹丕は、それを「帝王として史書に自らの生きた証を記す」と位置づけたように見えていた。

 対照的に劉平は、「史書に存在しない皇帝」であった自分の存在を、むしろ清々しく語る。「劉平」の名を知るのは、この時代のごく僅かな人間だけ。やがて彼らも死に、その存在は決して「文章」に残ることなく消え去っていく。彼はそれをまったく気にも留めない。しかしこの、名も無き救世主は、最初から最後まで、実に主人公らしい主人公だった。そして実は、架空人物が活躍する歴史物がかなり苦手な私が、ときにその超人ぶりに笑いつつも、きちんと好感を持てたキャラでもあった。……推しキャラは曹丕ちゃんですけどね!

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