「三国機密」の司馬懿は首陽山に「陪葬」されるのか?

 ドラマ「三国機密」こと「三国志 Secret of Three Kingdoms」の話。

 の前置きに、まず歴史上の司馬懿の墓の話。……を、ここに書いていたのですが、加筆して三国志コラム(「司馬懿と曹丕、首陽山の二つの陵墓」)に移動しました。前情報として読んでいただけると幸いです。

「三国機密」の司馬懿と「陪葬」

 (※以降、ドラマの結末に関わるネタバレを含みます)

 第53話の終盤、父の死により魏王の位を継いだものの、相次ぐ反乱で窮地に立たされた曹丕司馬懿が自分を裏切り、皇帝・劉平のために暗躍しているのではないかと疑いはじめ、ついに彼を問い詰める。

我和他将有一场大战
你帮谁

予とあいつが戦うなら
どちらにつく

 司馬懿の答えは、「勝つほうに」(胜利者)。曹丕司馬懿の胸座をつかんで怒りを露わにする。これまで司馬懿に対しては極端に甘かった曹丕が、唯一(自分自身のために)怒った場面だろう。そして、曹丕は宣言する。

失败者会死无葬身之地
不过 如果输的是我
我会杀了你陪葬

敗者は葬られもせぬ
だが負ける時には
お前は道連れだ

 「負ける時にはお前は道連れだ」。この箇所の原語台詞は「敗者が私であれば、お前を殺して陪葬してやる」という意味だと思われる。えっ陪葬? 曹丕ちゃんが自ら陪葬するって言ったよ!?……と(私が最初にこのドラマを見たとき日本版がまだ無く、中国語字幕だったおかげで)大いに衝撃を受けることになった。

 司馬懿の「勝者につく」という答えに対し、勝者が劉平であっても決してお前をその「勝者」には渡さない、殺してでも永遠に私の側にいてもらう、という、絶望的なプロポーズにも似た、無理心中宣言である……。字数の都合上やむを得ないが、字幕では「陪葬」のキーワードが入らないのと、ヤンデレ的(?)殺意のインパクトが薄いのは残念なところ。

 そんなわけで「陪葬」に注目してしまうが、曹丕が戦おうとしている相手は皇帝、この戦はつまり謀叛。謀叛を起こし敗北して、大逆人として埋葬も許されず無残に屍を晒したまま、司馬懿と二人で朽ち果てていく——。イメージされる凄惨な光景と、日本語のニュアンスの「陪葬」とは、かなり乖離がある。訳すなら「殉葬」の方が相応しいかもしれない。

陪葬 péizàng 

動〈古〉 ①殉葬する. ②陪葬する.

『中日辞典(第3版)』(小学館、2016年)

ばい‐そう‥サウ【陪葬】

〘名〙主君の墓の側に臣下を葬って墓を建てること。

『精選版 日本国語大辞典』(小学館、2006年)

【殉葬】ジュンソウ

死者の霊をなぐさめるため、人間や品物を死者と一緒に埋める。

『全訳 漢辞海(第三版)』(三省堂、2011年)

 そして。もちろん曹丕は漢の皇帝に討伐されることなく、魏の初代皇帝となるが、彼の死後、司馬懿がどのように生きたのか、作中では描かれない。漢の献帝の替え玉となる双子の弟が司馬家で育った司馬懿の最愛の義弟、という独自設定によって、歴史上とはかなり異なる複雑な関係にあった司馬懿曹丕。果たして、この司馬懿は、どういう心境で首陽山に自らの墓を作るのだろうか?

 冒頭のコラム参照で、私は歴史上の司馬懿の「陪葬」に曹丕の意思は関わっていないと考えているが、「三国機密」の世界では違う。何しろ本人が「陪葬する」と宣言している! ただし、それは「敗北した場合」に選ばれるルートとして出てくるのである。

 果たして曹丕劉平に敗北したのだろうか? 帝位を巡る決戦に勝ったのは曹丕だが、多くの視聴者は、彼を勝者とは感じないだろう。

 曹丕劉平もこの世を去った後、年老いた司馬懿が、曹丕の眠る首陽山に墓を作りたいと望むとして、それは「曹丕敗北ルート」の先にあるものなのか? 曹丕にとってはあまりに残酷だが、それは司馬懿による自らの死すらかけた、劉平勝利宣言なのだろうか?……と、最初は思ったりもした。

 だが、改めて見直すと、本当はこの決戦に敗者はいないのだ、と思うようになった。「ドラマ『三国機密』結末の感想」に書いたが、劉平のプランは、曹丕司馬懿も含む「誰か」≒「みんな」の手によって天下統一による世界平和を実現することである。そこに(少なくとも劉平曹丕との間に)勝敗は存在し得ない。

 そして司馬懿は、劉平の志を理解し、彼の代わりに、曹丕を支えて天下統一への「実務」を担うことに決めた。そんな司馬懿が、今さら劉平曹丕の勝敗を意識するはずはなかった。つまり、曹丕にどちらの味方をすると問い詰められた司馬懿の「勝者につく」という回答は、矛盾なく劉平曹丕と双方につく、という、あの時すでに結果を予測していた彼ならではの、嘘偽りのない本心だった。

 あの場面でもう一つ印象的なのは、相次ぐ反乱の黒幕ではないかと曹丕に疑われた司馬懿が、いつになく余裕のない眼差しで心外だとばかりに睨んだように見えたこと。曹丕司馬懿の方を見てはいないから、あの表情は司馬懿の素の感情だろう。日頃は陰謀実って露骨に「ニヤリ」とするような彼が、真顔で「私を信じられませぬか」(大王这是不相信臣哪)と迫ったのである。散々前科があって信じられるわけないだろー、と視聴者としては思うところだが(とはいえ意外と司馬懿曹丕に嘘をついたことはない)、このとき既に司馬懿は、自分が曹丕を裏切ることは決してないと知っていたのだろう。

 最終的に、司馬懿曹丕に対する感情がどのように変化したのか、作中では描かれない。天下統一という共通の目的に向かう中で、少しは親愛の念を抱くことができたのか? それともあくまで単なる「同僚」的な、ドライな君臣関係だったのか?

 いずれにせよ、この司馬懿もきっと数十年先には、何ゆえか、故郷の家族の元でもなく劉平唐王妃の側でもなく、曹丕の側に永遠に眠ることを決めるのだろう。そしてそのときには、あの日の「陪葬」宣言を、ほろ苦く懐かしい過去として思い出すのに違いない。……そう信じられるのは、むしろメタ的な理由が大きい。このドラマは、歴史上の司馬懿曹丕の墓所を意識したからこそ、あの場面に敢えて「陪葬」という言葉を使ったのだと思うから。(さらにいえば、「軍師連盟」の常江氏による脚本だから!)

 「三国機密」は、どちらかといえば、ハッピーエンドに分類される物語かもしれない。だが一方で曹丕ファンとして見れば、彼の人生には、あまりにも救いがなかった。どうしようもなく運命的に不幸で、そこから自力で這い上がろうと必死に足掻くも、力尽きてしまったような人生。司馬懿への壮大な片思いも実らない。唯一、劉平が救いの手を差し伸べてはくれるものの、悲劇好みの私ですら初見のときは絶望したほど、救いがない。

 それでも何度か見直すうち、司馬懿は案外、幸薄い曹丕の晩年に、僅かなりとも安らぎをもたらしたのではないか、と思えてきた。少なくとも洛陽で劉平と再会して以降、司馬懿は真に曹丕の味方になった。その結末に、彼はきっと「陪葬」の約束を果たす。

 あの日、お前も殺して陪葬してやると言われた司馬懿は、「それは光栄です」(臣三生有幸)と答えた。きっと曹丕は嫌味だと捉えただろう。だが実はそれこそが、意外と曹丕に対して嘘をつかない司馬懿による、「プロポーズ」への承諾であり、誓いであったのかもしれない。自らの死と永遠の名誉という、かけがえのない大きなものを使うからには、その動機は曹丕ちゃん側に寄り添う、なんらかの愛に違いないよ! そういうことにしよう!

公開:2020.01.30 更新:2020.08.12

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