2020.01.30 三国機密の司馬懿は首陽山に「陪葬」されるのか?

 ドラマ「三国機密」こと「三国志 Secret of Three Kingdoms」の話。……の前置きに、まず司馬懿の墓の話。

晋の宣帝・司馬懿の陵墓について

 歴史上の司馬懿は、首陽山に自ら築いた墓に埋葬された。曹操曹丕の薄葬主義に倣った質素な陵墓は、のちに晋の宣帝の高原陵と名付けられることになるが、埋葬当時の司馬懿はあくまで魏の臣下であり、王位にも就いていなかった。

先是,預作終制,於首陽山爲土藏,不墳不樹;作顧命三篇,斂以時服,不設明器,後終者不得合葬。一如遺命。晉國初建,追尊曰宣王武帝受禪,上尊號曰宣皇帝,陵曰高原,廟稱高祖

房玄齡等撰『晉書 一 紀』(中華書局、1974年)p.20 宣帝紀

これより先、〔司馬懿は〕予め終制(葬儀の制度)を定め、首陽山に土洞墓を作り、〔その墓には〕土盛りや植樹は行わなかった。遺命を三篇作り、普段着で棺に収めること、副葬品を入れないこと、後に死んだ者を合葬しないこととした。〔葬儀や埋葬は〕すべて遺命のとおりに行われた。晋国が建国されると、追尊して宣王とした。武帝司馬炎)が受禅すると、追尊して宣皇帝とし、陵墓を高原陵とし、廟号を高祖とした。

宣帝豫自於首陽山爲土藏,不墳不樹,作顧命終制,斂以時服,不設明器。皆謹奉成命,無所加焉。

房玄齡等撰『晉書 三 志』(中華書局、1974年)p.633 礼志

宣帝(司馬懿)は予め自ら首陽山に土洞墓を作り、土盛りや植樹は行わず、葬儀の方法について遺言し、普段着で棺に収め、副葬品は入れないこととした。景帝司馬師)・文帝司馬昭)はともに謹んでその決定を守り、何も加えることはなかった。

 曹魏の都・洛陽の東北方面にある首陽山には、司馬懿に先立つこと二十五年前に世を去った魏の文帝・曹丕の陵墓(首陽陵)がある。古今東西のファンにとって、曹丕司馬懿の陵墓の位置は重大な関心事。亡き主君の側に永遠に……とのロマンを感じたいところだが、魏の臣下であった司馬懿が、いかに質素な形式といえど、現王朝の皇帝陵の付近に勝手に墓を建造できるとは考えづらい。あくまでこれは、魏の皇帝から墓所を賜った結果では。

 つまり司馬懿は本来、魏の重臣として曹丕の首陽陵に陪葬されたのだろう。その陪葬墓が図らずも後に、晋の皇帝陵になってしまった。墓が作られた時期は不詳だが、『三国志』にも『晋書』にも首陽山に埋葬された魏臣の記述は他に見あたらず、かなり特権的なものだったと考えて、司馬懿が権力を掌握した晩年のことだろう。

 とはいえ、曹操でも曹叡でもなく曹丕の陵墓の側であったのは、太子時代からの絆を持つ司馬懿ならではの事情ではないか。晩年の司馬懿と皇帝の力関係に鑑みても、司馬懿自身が望んだ結果の「陪葬」とは充分考えられる。

 ちなみに、村元健一漢魏晋南北朝時代の都城と陵墓の研究』(汲古書院、2016年)では、……皇后以下、皇帝の肉親ですら首陽陵の付近には埋葬されていないことを考えると、首陽陵に陪葬者がいた可能性は極めて低い。この点でも文帝が陵墓から政治性を排除することは徹底していたのである。(p.277)とされる。

 『三国志』魏書文帝紀によれば、曹丕もまた生前に自らの陵墓を築いていたが、目立たない質素なものとし、曹操の陵墓では行われた妃の合葬も禁じた。確かに、臣下の陪葬を望むとは考え難い。しかし、司馬懿の墓所の決定はおそらく曹芳時代のことであり、必ずしも曹丕の主義に沿ったものとは限らない。次世代の曹叡が既に、曹丕の徹底した薄葬主義にはやや否定的に見える。曹丕の意向にかかわらず、後から陪葬墓が作られることはあり得るのではないか。

「三国機密」の司馬懿と「陪葬」

 さて、ここからやっと「三国機密」の話。(※以降、ドラマの結末に関わるネタバレを含みます)

 第53話の終盤、父の死により魏王の位を継いだものの、相次ぐ反乱で窮地に立たされた曹丕司馬懿が自分を裏切り、皇帝・劉平のために暗躍しているのではないかと疑いはじめ、ついに彼を問い詰める。

我和他将有一场大战
你帮谁

予とあいつが戦うなら─
どちらにつく

 司馬懿の答えは、「勝つほうに」(胜利者)。曹丕司馬懿の胸座をつかんで怒りを露わにする。これまで司馬懿に対しては極端に甘かった曹丕が、唯一(自分自身のために)怒った場面だろう。そして、曹丕は宣言する。

失败者会死无葬身之地
不过 如果输的是我
我会杀了你陪葬

敗者は葬られもせぬ
だが負ける時には─
お前は道連れだ

 「負ける時にはお前は道連れだ」。この箇所の原語セリフは「敗者が私であれば、お前を殺して陪葬してやる」という意味だと思われる。えっ陪葬? 曹丕ちゃんが自ら陪葬するって言ったよ!?……と(私が最初にこのドラマを見たとき日本版がまだ無く、中国語字幕だったおかげで)大いに衝撃を受けることになった。

 司馬懿の「勝者につく」という答えに対し、勝者が劉平であっても決してお前をその「勝者」には渡さない、殺してでも永遠に私の側にいてもらう、という、絶望的なプロポーズにも似た、無理心中宣言である……。字数の都合上やむを得ないが、字幕では「陪葬」のキーワードが入らないのと、ヤンデレ的(?)殺意のインパクトが薄いのは残念なところ。

 そんなわけで「陪葬」に注目してしまうが、曹丕が戦おうとしている相手は皇帝、この戦はつまり謀叛。謀叛を起こし敗北して、大逆人として埋葬も許されず無残に屍を晒したまま、司馬懿と二人で朽ち果てていく——。イメージされる凄惨な光景と、日本語のニュアンスの「陪葬」とは、かなり乖離がある。訳すなら「殉葬」というほうが少しは相応しいかもしれない。

陪葬 péizàng 

動〈古〉 ①殉葬する. ②陪葬する.

『中日辞典 第3版』(小学館、2016年)

ばい‐そう‥サウ【陪葬】

〘名〙主君の墓の側に臣下を葬って墓を建てること。

『精選版 日本国語大辞典』(小学館、2006年)

【殉葬】ジュンソウ

死者の霊をなぐさめるため、人間や品物を死者と一緒に埋める。

『全訳 漢辞海 第三版』(三省堂、2011年)

 そして。もちろん曹丕は漢の皇帝に討伐されることなく、魏の初代皇帝となるが、彼の死後、司馬懿がどのように生きたのか、作中では描かれない。漢の献帝の替え玉となる双子の弟が司馬家で育った司馬懿の最愛の義弟、という独自設定によって、歴史上とはかなり異なる複雑な関係にあった司馬懿曹丕。果たして、この司馬懿は、どういう心境で首陽山に自らの墓を作るのだろうか?

 先述のように、私は歴史上の司馬懿の「陪葬」に曹丕の意思は関わっていないと考えているが、「三国機密」の世界では違う。何しろ本人が「陪葬する」と宣言している! ただし、それは「敗北した場合」に選ばれるルートとして出てくるのである。

 果たして曹丕劉平に敗北したのだろうか? 帝位を巡る決戦に勝ったのは曹丕だが、多くの視聴者は、彼を勝者とは感じないだろう。

 曹丕劉平もこの世を去った後、年老いた司馬懿が、曹丕の眠る首陽山に墓を作りたいと望むとして、それは「曹丕敗北ルート」の先にあるものなのか? 曹丕にとってはあまりに残酷だが、それは司馬懿による自らの死すらかけた、劉平勝利宣言なのだろうか?……と、最初は思ったりもした。

 だが、改めて見直すうち、本当はこの決戦に敗者はいないのかもしれない、と思うようになった。「ドラマ『三国機密』結末の感想」に書いたが、劉平のプランは、曹丕司馬懿も含む「誰か」≒「みんな」の手によって天下統一による世界平和を実現することである。そこに(少なくとも劉平曹丕との間に)勝敗は存在し得ない。

 そして司馬懿は、劉平の志を理解し、彼の代わりに、曹丕を支えて天下統一への「実務」を担うことに決めた。そんな司馬懿が、今さら劉平曹丕の勝敗を意識するはずはなかった。強いて言えば劉平曹丕は、両者ともに「勝者」であった。劉平はそれを導ける主人公だったと思う。つまり、曹丕にどちらの味方をすると問い詰められた司馬懿の「勝者」という回答は、すでに結果を予測していた彼ならではの、嘘偽りのない答えだった。

 あの場面でもう一つ印象的なのは、相次ぐ反乱の黒幕ではないかと曹丕に疑われた司馬懿が、いつになく余裕のない眼差しで心外だとばかりに睨んだように見えたこと。曹丕司馬懿の方を見てはいないから、あの表情は司馬懿の素の感情だろう。日頃は陰謀実って露骨に「ニヤリ」とするような彼が、真顔で「私を信じられませぬか」(大王这是不相信臣哪)と迫ったのである。散々前科があって信じられるわけないだろー、と視聴者としては思うところだが(とはいえ意外と司馬懿曹丕に嘘をついたことはない)、このとき既に司馬懿には劉平の出す結論が見えており、自分が曹丕を裏切ることは決してないと知っていたのだろう。

 最終的に、司馬懿曹丕に対する感情がどのように変化したのか、作中では描かれない。天下統一という共通の目的に向かう中で、少しは親愛の念を抱くことができたのか? それともあくまで利用し合えばよいというドライな君臣関係だったのか?

 いずれにせよ、この司馬懿もきっと数十年先には、何ゆえか、故郷の家族の元でもなく劉平唐王妃の側でもなく、曹丕の側に永遠に眠ることを決めるのだろう。そしてそのときには、あの日の「陪葬」宣言を、ほろ苦く懐かしい過去として思い出すのに違いない。……そう信じられるのは、むしろメタ的な理由が大きい。このドラマは、歴史上の司馬懿曹丕の墓所を意識したからこそ、あの場面に敢えて「陪葬」という言葉を使ったのだと思うから。(さらにいえば、「軍師連盟」の常江氏による脚本だから!)

 「三国機密」は、どちらかといえば、ハッピーエンドに分類される物語かもしれない。だが一方で曹丕ファンとして見れば、彼の人生には、あまりにも救いがなかった。どうしようもなく運命的に不幸で、そこから自力で這い上がろうと必死に足掻くも、力尽きてしまったような人生。司馬懿への壮大な片思いも実らない。唯一、劉平が救いの手を差し伸べてはくれるものの、バッドエンド好みの私ですら初見のときは絶望したほど、救いがない。

 それでも何度か見直すうち、司馬懿は案外、幸薄い曹丕の晩年に、僅かなりとも安らぎをもたらしたのではないか、と思えてきた。少なくとも洛陽で劉平と再会して以降、司馬懿は真に曹丕の味方になった。その結末に、彼は「陪葬」の約束を果たす。

 あの日、陪葬してやると言われた司馬懿は、「それは光栄です」(臣三生有幸)と答えた。きっと曹丕は嫌味だと捉えただろう。だが実はそれこそが、意外と曹丕に対して嘘をつかない司馬懿による、「プロポーズ」への承諾であり、誓いであったのかもしれない。自らの死と永遠の名誉という、かけがえのない大きなものを使うからには、その動機は曹丕ちゃん側に寄り添う、なんらかの愛に違いないよ! そういうことにしよう!

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