「スリキン」の司馬懿は曹丕の忠臣だったか?

 スリキンまたは新三国こと、2010年の中国ドラマ「三国志 Three Kingdoms」の司馬懿(演:倪大紅)について、曹丕(演:于濱)との関係、吹替版と元台詞の違いなど。全体の雑感は「三国志 Three Kingdoms(スリキン、新三国)」にて。

「スリキン」の司馬懿と曹丕

(※以降、ドラマのネタバレを含みます)

 このドラマの司馬懿は、なぜか登場時から曹操の熱烈なファンである。かねてより尊敬していた曹操に仕えた司馬懿は、やがてその後継となる息子たちの中で、曹丕に隠れた才を見出す。曹操は司馬懿を、愛息の曹沖の師とし、彼亡き後は曹植の師にしようとするが、司馬懿はこれを命がけで拒む。

 これまで観た三国志ドラマ(観る順番が違うのだが)では、曹丕が熱烈に司馬懿を求めていたが、むしろ逆で、司馬懿は慧眼の自分だけが見出した宝物のように、必死で曹丕を追う。曹丕の方も司馬懿を必要としているのだが、周囲の環境が許さない。様々なハードルを超えて、二人はついに師弟かつ事実上の君臣となる。曹丕は司馬懿を「先生」と呼んで頼り、司馬懿も曹丕を息子のように(?)慈しんで助け続けるが、しかしその曹丕にさえ、もしも曹操を裏切れば許さない、と激昂するほどの曹操ファンでもあり続けた。

 私は司馬懿×曹丕のCP推しなので、司馬懿にとっての大切さが曹操>曹丕となると複雑だが、ライバルが父上では、仕方ない……。と、まあ当初は思っていた。

司馬懿と曹丕(60話より)

 歴史上では、曹操に警戒されていた司馬懿を曹丕が弁護したが、このドラマの曹丕は違った。司馬懿を敬愛して頼る一方で、心の底からは信頼していない。武勇に優れた曹彰、詩才のある曹植、利発な曹沖らとは異なり、凡庸な息子と目されていた曹丕は、実は誰よりも周到に、慎重に画策して後継の座を狙っている。それを見抜いたのが司馬懿であった。司馬懿は曹丕の隠された才を指摘し、「潜龍」と評価するが、その洞察こそが却って警戒心を抱かせたようにも思える。司馬懿としては「仲間」意識があったのかもしれないが、誰にも心を許さない曹丕にとって、そのアプローチは逆効果だったのかもしれない。

 漢から魏への禅譲に際しても司馬懿は暗躍するが、皇帝となった曹丕が自分に向ける警戒に気づき、ショックを受ける。

 ショックのあまり(?)屋敷でふて寝する司馬懿……。左の人は司馬昭。

 司馬懿は曹丕のために外敵の討伐を望むが、軍権を握られることへの警戒から、曹丕は側に仕えてほしいという名目で許さず、お互いに才能を買いつつも内心では警戒し合うような、不穏な関係となってしまう。

 最終的に、曹丕は死の間際になって司馬懿に軍権と皇太子を託すものの、最後に司馬懿を信じることにしたのか、それとも……と考えさせられる演出になっている気がする。(語ると長いため手短な表現となったが、このあたり一連の流れは作中でも最も好きな展開で、曹丕の死の前のやりとりは屈指の名場面だと思う)

 司馬懿はかつて曹丕から賜った妾・静姝せいしゅに主君の死を報告し、「実に素晴らしい天子であったぞ、そなたの主は。口惜しくてたまらぬ、天に召されてはこの司馬懿にもどうしようもないからな」と述懐するが、原語ではこの台詞の中で「天丧予,天丧予」と言っている。

 吹替版では全くわからなくなってしまっているが、「天れをほろぼせり」とは、孔子が最愛の弟子・顔淵(顔回)に若くして先立たれたことを嘆き悲しんだ言葉である。

顏淵死、子曰、噫天喪予、天喪予、

顔淵死す。子ののたまわく、ああ、天れをほろぼせり、天予れを喪ぼせり。

顔淵が死んだ。先生はいわれた、「ああ、天はわしをほろぼした。天はわしをほろぼした。」

金谷治訳注『論語』(岩波文庫、1963年)p.206 先進第十一

 司馬懿にとって、曹丕は主君でありながら、最後まで「最愛の弟子」でもあったのだ……。自分が見出したかつての「潜龍」曹丕を師として導き、そして腹心となり、ともに大業を成す、というのが司馬懿の人生のビジョンだったはずだ。だが自分よりも若いその相手が、思いがけず早世してしまう。その喪失は自分自身の死にも等しい絶望だった。

 なお、この言葉を聞いている静姝は、実はかつて曹丕の送り込んだスパイであり、司馬懿もそれを察知していたが、この悲痛な叫びは、スパイの前で取り繕った嘘とは思われない。

その後の司馬懿と、泉下で会いたかった人

 曹丕死後の司馬懿は、皇帝曹叡と曹真ら一族によって、さらに疑われるようになる。本人も警戒心を強め、いよいよ得体のしれない、「腹黒い」と評すべき人物になっていく。何食わぬ顔で政敵を死に追いやり、ときに利用しては腹心の味方を増やし、謀叛を薦められても涼しい顔。

 最終回の95話に至り、駆け足で曹爽に対するクーデター(いわゆる「高平陵の変」)が描かれるが、敗れた曹爽を裸足で踏みつけながら司馬懿はこう告げる。「剣を抜いたことは一度しかないが、剣を磨くことは十数年来怠らなかった。それを教えてくれたのは、そなたの先祖の曹操だ」。(かつて曹操と、足の裏が顔や手より白いのは、常に隠れているからだ、という旨の問答を交わした)

 後述の宦官との会話といい、見方によっては、端から司馬懿の最終目的は自らの一族による「帝位簒奪」であり、そのために曹氏に仕えたのではないか? とも思わせる描き方になっている気もする。

 しかし、遡って93話。上方谷の戦(なお、有名ながら架空の戦である)にて諸葛亮の火攻めで追い詰められた司馬懿は、将兵に蜀への投降を促すが、司馬昭と兵士たちはこれを拒み、「風蕭蕭しょうしょうとして易水寒し 壮士一たび去ってた還らず」と合唱する。(荊軻けいかが秦王暗殺に臨んで詠んだ詩)

 他方、司馬懿は一人、「酒にかえばまさに歌うべし 人生幾何いくばくぞ」と曹操の「短歌行」の一節を詠み、「まもなく司馬懿が参りますゆえ、お会いしましょう」と呟いて自刃しようとする。

 以上は日本語吹替版の台詞。実は私は中国語版で最終回の一部を含む、気になった箇所を先に見、後になって吹替版を通して観たため、ここまでずっと司馬懿の本心を疑っており、先ほどの曹丕の死を嘆く場面すら(会話の相手が曹氏側のスパイであったせいで)多少は怪しんでいたのだが。ここで、決して「簒奪」のために仕えたわけではなかったんだ、曹操の忠臣として死んでいくつもりなのか! と思い、司馬懿の心がいまだ魏臣であったことと、この期に及んで曹操ファン精神を発揮したことに、二重に涙した……

 が……この場面を改めて中国語版で見直したところ、もっと大変なことが判明。実はこの台詞は「先帝呀,臣司马懿这就来与你相会了」と言っていたのだ。

先帝呀 臣司马懿这就来与你相会了

 つまり吹替は「先帝よ」という重大な呼びかけを省略していた。何が重大かって、この時代の皇帝は曹叡であり、「先帝」は曹操ではなく曹丕なのだ。

 しかし、直前に曹操の詩を引用するため、吹替版では曹操に語りかけているのかと思ってしまう。さらに問題があり、正式に確認していないが、どうやら日本語字幕版ではこの「先帝」が「太祖」と訳されているようなのである。魏の太祖とはもちろん曹操。えっ……どっちなの!?

 しかし、辞書的にも一般的にも「先帝」とは「先代の天子」を指す。例えば87話で司馬懿と曹叡が会話する場面では、曹操を「太祖」、曹丕を「先帝」と呼び分けていたし、曹操に語りかけるのなら、ここでも原語の台詞で「太祖」と言ったはずである。

 やはり、この「先帝」とは曹丕のことであろう。なんと! このうさんくさい司馬懿が、死を前にして咄嗟に会いたいと願う、特別な亡き人は、曹丕だったのだ……

 字幕については、やはり詩に引きずられての誤訳ではないだろうか。曹操でなく曹丕の詩を引用すれば、疑いの余地はなかったのに、なんて紛らわしい! とも思うが、曹操の「短歌行」は有名であり、作中でも既出のため、使われたのかもしれない。

 だが。先帝=曹丕だとして、果たしてこの台詞は本心なのか。ほどなく雨が降ることを察知した司馬懿による、時間稼ぎということは? とも思った(疑い深くなっている)。しかし既に蜀軍は攻撃してきているため、時間稼ぎをする意味はない。諸葛亮に察知できなかった雨を司馬懿のみ察知できるのも不自然だし、そう思わせる演出もない。既に司馬懿個人を慕う将兵らに対して「先帝」への忠誠アピールが大きな効果を持つとも思えない。などの理由から、このときの司馬懿は、本当に死のうとしていた、台詞も本心だった、と考えたい。

司馬懿の野心

 最終的にこの司馬懿に「帝位簒奪」の心があったか否かというと……あったのでは? と身も蓋もなく思うが、少なくともそれは曹叡と曹真に追い詰められて以降のことだ。司馬懿は曹爽に対し「十数年来」剣を磨いてきたと告げた。隠れ忍ぶことは曹操が教えてくれたのだから、「剣を磨きはじめた」のは曹操と問答を交わしてよりも後のこと。さらにクーデターは正始十年(249年)で、曹丕の崩御した黄初七(226年)からすら二十年以上経過しているため、曹丕の時代は到底「十数年」前とはいえない。

 十数年〜などは言葉の綾といえばそれまでだし、なぜか後の場面では静姝を与えられたのは「十八年前」などと言っているが(むしろ二十八年前では?)、私は少なくともこの司馬懿は生涯、「曹丕の臣」であったと思う。懿丕のCPファンとして付け加えるなら、ちゃんと首陽山に自らの墓を作ってくれるであろう司馬懿だったよ! 疑ってごめん!!(なお歴史上の司馬懿は、曹叡の時代にも依然として忠臣であったと思う)

 ……という感動を、さらにもう一度揺るがしかけた台詞が、最終回95話にあって。

 物語のラスト近くで後に司馬懿は、古くから曹家に仕えていた宦官と語り合う。宦官は「そなたがこの世で何より愛着を抱いているもの、それは功名と大業に違いない」と評し、司馬懿もそれを肯定する。全体としてこの場面のやりとりは、本心なのか否かはっきりしない演出となっているが、「功名と大業」(これは原語でも同様の表現)を求めていたというのは、おそらく本心の一端だろう。それをもって魏王朝への叛意があったとは私は思わなかった。本来ならば、曹丕とともに大業を成したかったのだ。

 また、元来曹丕に与えられた静姝を非道な手段で暗殺したのもおそらく事実。だがこれも曹爽を騙すため(ついでにスパイを片付けるため)であったのだろう。

 それよりも気になったのが、同会話での「静姝が側に居てくれたおかげで、初代皇帝曹丕と曹氏一族の連中は私のすべてを把握しているつもりで警戒心を緩めた」という台詞だった。皇帝の諱を呼んだ上に「連中」とは穏やかでなく、「警戒心を緩めた」とは、司馬懿に叛意があったのに見抜けなかった、というニュアンスも感じる。

 ……と、思いながら、これも中国語版を見てみたところ、台詞はこうだった。「多亏静姝在我身旁 世祖皇帝和曹氏亲贵们 才自以为 掌握了我的一举一动 才会对我放心」。

多亏静姝在我身旁 世祖皇帝和曹氏亲贵们 才自以为 掌握了我的一举一动 才会对我放心

 「世祖皇帝和曹氏亲贵们」は「初代皇帝と曹氏の皇族たち」というニュートラルな意味であろう。実は、諱を呼んでもいなかったし、「連中」というほどの悪意も感じられない台詞だった。「警戒心を緩めた」という部分の「对我放心」も「私に対して安心していた」というだけで、そこまでの含みはないように思う。

 と、いうわけで、これはどうやら吹替版で付けられたニュアンスによる誤解だった。またしても疑ってごめん仲達先生! どうぞ曹丕ちゃんの側で安らかにお眠りください……!!

歴史上の司馬懿と、「スリキン」司馬懿

 ドラマを離れて、司馬懿という人物には、やはり魏王朝への叛意があったのかなかったのか、はっきりしない。三国志ファンの間でも解釈が分かれている。私はどちらかといえば「なかった」派。司馬一族による魏晋革命は、世のため人のための、世論に強く支持されたものであった……とは思いつつ、司馬一族がはっきりと魏を見限ったのは、司馬師からのことだと考えている。

 しかし同時に、幼帝曹芳への忠義を名目として皇族である曹爽をクーデターで倒し、自らが事実上の最高権力者となった司馬懿には、近い将来、世が司馬一族の手に渡ることは予見できたのでは、とも思っている。予見しながらも、なりゆきは次代に任せ、自分は生涯魏の臣である道を選んだ、というところが私にとっては司馬懿の魅力の一つ。

 比べれば、ドラマの司馬懿は、もう少し積極的な野心を持った人物として描かれているようにも思う。その野心は必ずしも自分が天下を取るというものではなかったが、おそらく最終的には魏王朝を見限るに至った、一つの転機が、曹丕の死だったかもしれない。それでもなお、「簒奪へのレールを敷きながらも自らは魏臣であり続ける」という、私の思う司馬懿らしさを持ったキャラクターであったと思う。

2020.08.04

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