ドラマ「三国機密」に登場する古典(1)1〜10話

中国ドラマ「三国志 Secret of Three Kingdoms」(原題:「三国機密之潜龍在淵」)に引用される詩その他の出典について、一ファンが中国語字幕を手がかりに調べてみたものです。特筆のない引用は本編の字幕より。

第3話

「孟子」万章章句上より

董妃に対する態度を指南する伏寿が引用する。

那孟子说
男女居室
人之大伦也
你以为这男女居室
是何意

“男女しつるは
人の大倫たいりんなり”というのは
どういうことか分かりますか

万章問いて曰く、詩に妻をめとるは如之何いかにすべき、必ず父母に告ぐべしという。の言をまことなりとせば、宜しくしゅんの如くなることかるべし。舜の告げずしてめとれるは、何ぞや。孟子曰く、告ぐれば則ち娶ることをず。男女いえに居るは、人の大倫たいりんなり。如し告ぐれば則ち人の大倫を廃し、以て父母をうら(怨)みしめん。ゆえに告げざりしなり。……

万章がたずねた。「先生、詩経に『妻をめとるにはどうすればよいか。必ず父母に告げて許しを受けることだ』とありますが、この言葉が正しいなら、しゅんのようにしてはならないはずです。舜ともあろう人が父母にも告げずに無断で結婚したのは、どういうわけでしょう。」孟子はこたえられた。「舜は父母から憎まれていたので、もし告げれば、結婚が許されないからだ。男女が結婚していっしょに生活するのは、人間としての大切な道徳なのだ。ところが、もし父母に告げたら、いつまでも結婚はできず、それでは人間としての道徳にそむき、ついには父母を怨むということにもなるだろう。だからこそ、告げずに結婚したのだ。」……

小林勝人訳注『孟子(下)』岩波文庫、1972年 万章章句上 P121〜126

第5話

詩経・小雅「采薇さいび」より

董妃に別れを告げる張宇が詠う。元は、出征する夫とその帰還を待つ妻の詩(諸説あり)の一節だが、実際の台詞に続く「行道遲遲〜」以降の部分が、人知れず主君の死の悲しみを抱える張宇の心境に重なる。

昔我往矣
杨柳依依
今我来思
雨雪霏霏

昔 我きしとき
楊柳ようりゅう 依依いいたり
今 我来たれば
ること霏霏ひひたり

……
昔我往矣 楊柳依依
今我來思 雨雪霏霏

行道遲遲 載渴載飢
我心傷悲 莫知我哀

……
むかしわれきしとき 楊柳やうりう 依依いいたり
いまわれきたれば ゆきること霏霏ひひたり

みちくこと遲遲ちちたり すなはかはすなは
こころ 傷悲しゃうひするも かなしみを

……以前ここへ来たときは、やなぎの葉茂る季節であった。再びここを通る今、雪の舞い降る季節となってしまった。歩みは遅くてはかどらず、その苦しみは渇きかつ飢えるが如し。私の心は痛みむすぼれるが、この哀しみを知る者もなし。

石川忠久『新釈漢文大系 第111巻 詩経(中)』明治書院、1998年 小雅・采薇 P193〜195

第6話

「子夜四時歌」より

曹節が梅の枝で剣舞の真似事をするシーンで曹丕が詠う。南朝の民歌だそう。舞台は後漢時代なんですが……

渊氷厚三尺
素雪覆千里
我心如松柏
君情复何似

淵氷えんぴょう 厚きこと三尺
素雪 千里を覆う
我が心 松柏しょうはくごと
た何にか似たる

曹丕「大牆上蒿行」より

上記の続き、枝では物足りない曹節が、私も兄上が詩に詠んだような宝剣がほしい、と語る場面。曹丕作の楽府の一節。

带我宝剑
今尔何为自低昂
悲丽乎壮观
白如积雪
利若秋霜

我宝剣を帯ぶ
なんじ何為なんすれぞ 自ら低昴ていこうするや
悲麗にして壮観
白きこと積雪のごと
利なること秋の霜のごと

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……

陽春無不長成、
草木羣類随。
大風起、
零落若何翩翩、
中心独立一何煢。
四時舎我駆馳、
今我隠約欲何為。
人生居天地間、
忽如飛鳥棲枯枝。
我今隠約欲何為。

適君身体所服、
何不恣君口腹所嘗。
冬被貂鼲温暖、
夏当服綺羅軽涼。
行力自苦、
我将欲何為。
不及君少壮之時、
乗堅車策肥馬良。
上有倉浪之天、
今我難得久来視。
下有蠕蠕之地、
今我難得久来履。
何不恣意遨遊、
従君所喜。

帯我宝剣、
今爾何為自低卬。
悲麗平壮観、
白如積雪、
利若秋霜。

駮犀標首、
玉琢中央。
帝王所服、
辟除凶殃。
御左右、
奈何、致福祥。
呉之辟閭、
越之歩光。
楚之龍泉、
韓有墨陽。
苗山之鋌、
羊頭之鋼。
知名前代、
咸自謂麗且美、
曽不知君剣良綺難忘。

冠青雲之崔嵬、
繊羅為纓。
飾以翠翰、
既美且軽。
表容儀、
俯仰垂光栄。
宋之章甫、
斉之高冠。
亦自謂美、
蓋何足観。

排金鋪、
坐玉堂。
風塵不起、
天気清涼。
奏桓瑟、
舞趙倡。
女娥長歌、
声協宮商。
感心動耳、
蕩気回腸。
酌桂酒、
膾鯉魴。
与佳人期為楽康。
前奉玉卮、
為我行觴。

今日楽、
不可忘。
楽未央。
為楽常苦遅、
歳月逝忽若飛。
何為自苦、
使我心悲。

……

……

陽春 長成せざる無く
草木 羣類 したご
大風 起れば
零落するや 若何いかんせん 翩翩たり
中心 独立し いつに何んぞ煢たり
四時 我をきてけり
今 我 隠約して何をか為さんと欲す
人 生まれて天地の間にること
あわただしきこと飛鳥の枯枝に棲もうがごと
我 今 隠約して何をか為さんと欲す

君が身体にかのうは服するところ
何んぞほしいままにせざる 君が口腹にかのうむる所を
冬は貂鼲の温暖あたたかなるを
夏はまさに綺羅の軽く涼しきをるべし
おこなつとめてみずからを苦しめ
我は将に何をかさんと欲する
及ばず 君が少壮の時の
堅車に乗り肥馬のろしきにむちうつに
上に倉浪の天有るも
今 我 て久しくは来りることかた
下に蠕蠕の地有るも
今 我 得て久しくは来りむこと難し
何んぞ意をほしいままにしあそあそ
君が喜ぶ所に従わざる

我が宝剣を帯ぶれば
今 なんじ 何為なんすれぞおのずから低卬す
麗平にして壮観なるを悲しむ(?)
白きこと積める雪の如く
利きこと秋の霜のごと

駮と犀もてつかしめ
玉のみがかれたるもて中央とす
帝王 ぶる所なれば
凶殃わざわいけ除く
左右にすすむれば
奈何いかんぞや 福祥をまね
呉の辟閭
越の歩光
楚の龍泉
韓に墨陽有り
苗山の鋌
羊頭の鋼
名を前代に知られ
みずから麗にして且つ美なりとおもうも
すなわち君が剣のまことうつくしく忘れ難きを知らず

青雲の崔嵬たるをかんむりとし
ほそき羅をひもと為す
飾るにかわせみはねってし
既に美しく且つ軽し
容儀を表し
俯仰すれば光栄かがやき
宋の章甫つけたるひと
斉の高冠つけたるひと
みずから美しとおもうも
けだし何んぞるに足らんや

金の鋪を
玉堂に坐す
風塵 起らず
天気 清涼なり
桓のおおごと
趙のうたいめを舞わしむ
女・娥は長歌し
うたは宮商にかの
心に感じ 耳をかたむけしめ
気をやぶり 腸をめぐらす
桂の酒を
鯉と魴をなますにし
佳人と期し 楽康よろこびを為す
前みて玉のさかづきささ
我が為にさかづきまわ

今日 楽しむ
忘るべからず
楽しみ未だきず
楽しみを為す 常にはなはだ遅し
歳月の逝く 忽として飛ぶが若し
何為なんすれぞみずからを苦しめ
我が心をして悲ましむ

……

伊藤正文「曹丕詩補注稿(楽府)」大牆上蒿行

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曹丕「典論論文」より

劉平に持論を披露する曹丕。文学者としても知られる曹丕の代表作「典論論文」の一節を現代語にしたものか。序盤に何気なく出てくるが、後半、作中の曹丕の行動を理解する上でも重要となってくる。

文章才是経国之大业
不朽之盛事

文章は経国の大業
不朽の盛事

……蓋文章經國之大業、不朽之盛事。年壽有時而盡、榮樂止乎其身。二者必至之常期、未若文章之無窮。……

……けだ文章ぶんしゃう經國けいこく大業たいげふにして、不朽ふきう盛事せいじなり。年壽ねんじゅときりてき、榮樂えいらくとどまる。二者にしゃかならいたるの常期じゃうきあり、いま文章ぶんしゃう無窮むきゅうなるにかず。……

……そもそも、文学は国を治めるうえでの重要な事業であり、永久に滅びることのない偉大な営みである。人の寿命はしかるべき時がくると尽き、栄華逸楽も生きている間だけのことである。この二つは、必ず行きつ(き消滅すべ)く定まった時期があり、文学が永遠であるのに及ばない。……

魏文帝「典論論文」より 竹田晃『新釈漢文大系 第93巻 文選(文章篇)下』明治書院、2001年、P199〜200

「孟子」(?)

圣人王道 以仁德为本

聖人の王道 仁徳をもって本と為す

劉平の幼少期の回想シーン。剣を嫌い医術を志す幼い劉平に司馬懿が語るが、司馬懿は「王道」は民を欺くための言葉だと主張する。

「子どもの時 兄が言っていた これは天下を救う書だと」。劉平が手に取っている木簡はおそらく『孟子』の「梁惠王章句上」で、司馬懿が言ったフレーズそのものはないが、皇帝として本当の「王道」を貫こうとする劉平の基本姿勢がわかる場面。

【王道】おうどう(わうだう)……❷道徳によって、人民の幸福をはかって天下を治める政治のやり方。孟子が唱えた。〔孟・梁恵王〕覇道。

『角川新字源 改訂新版』角川書店、2017年

一方「仁徳為本」に近い表現を調べてみると、兵法書の『司馬法』仁本第一に「古者以仁為本,以義治之,治之為正。」というフレーズがあるようで、このくだりは劉平とは対照的な、このドラマの司馬懿の思想を彷彿とさせる。

第7話

司空府に仮住まいすることになった劉平と伏寿を卞夫人がもてなす場面。

詩経・豳風ひんぷう「七月」より

躋彼公堂 稱彼兕觥 萬壽無疆

彼の公堂にのぼり 彼の兕觥じこうあげたたえ 万寿かぎりなし

……
二之日鑿冰沖沖 三之日納于凌陰
四之日其蚤 獻羔祭韭
九月肅霜 十月滌場
朋酒斯饗 曰殺羔羊
躋彼公堂 稱彼兕觥
萬壽無疆

……
こほりうがつこと沖沖ちゅうちゅうたり さん凌陰りょういん
ここるに かうけんじてきうまつ
九月くぐゎつさむしも 十月じふぐゎつぢゃうきよ
朋酒ほうしゅ ここきゃうし ここ羔羊かうやうころ
公堂こうだうのぼりて 兕觥じくゎう
萬壽ばんじゅかぎりけん

……二月にはちょんちょんと氷切り、三月には氷室ひむろに入れる。四月には氷室開き、捧げるはこひつじとにら。九月には寒き霜降り、十月には稲打ち場を清め、みなを呼んで酒の宴、こひつじ殺して供物とし、御霊屋に参り、大杯を捧げ持ちて、一族の長寿を祖霊に願う。

石川忠久『新釈漢文大系 第110巻 詩経(上)』明治書院、1997年 小雅・豳風 P119〜124

詩経・小雅「鹿鳴」より

我有嘉宾 鼓瑟吹笙
吹笙鼓簧 承筐是将
人之好我 示我周行

我に嘉賓かひんあり しつを鼓し しょうを吹く
笙を吹きこうを鼓す きょうささげて是れおこな
人の我をよみし 我に周行を示す

呦呦鹿鳴 食野之苹
我有嘉賓 鼓瑟吹笙
吹笙鼓簧 承筐是將
人之好我 示我周行

呦呦鹿鳴 食野之蒿
我有嘉賓 德音孔昭
視民不恌 君子是則是傚
我有旨酒 嘉賓式燕以敖

呦呦鹿鳴 食野之芩
我有嘉賓 鼓瑟鼓琴
鼓瑟鼓琴 和樂且湛
我有旨酒 以燕樂嘉賓之心

呦呦いういう鹿しかき へい
われ嘉賓かひんり しつしゃうかん
しゃうくゎうき きゃうささげてここすす
ひとわれよみし われ周行しうかうしめ

呦呦いういう鹿しかき かう
われ嘉賓かひんり 德音とくいんはなはあきらかなり
たみしめすにうすからざるは 君子くんしのっとならへばなり
われ旨酒ししゅり 嘉賓かひんもっえんもっあそ

呦呦いういう鹿しかき きん
われ嘉賓かひんり しつきんかん
しつきんき 和樂わらくたのしましめん
われ旨酒ししゅり もっ嘉賓かひんこころ燕樂えんらくせしめん

通釈 ゆうゆうと(祖霊の使者の)鹿が鳴き、野の苹を食む。我がもとに降りしは祖先の御霊、いざ瑟を弾き笙を吹こうぞ。笙を吹き簧を弾いて、かごの御供え祀らん。我をめで、我に正しき道を示し給え。
ゆうゆうと(祖霊の使者の)鹿が鳴き、野の蒿を食む。我がもとに降りしは祖先の御霊、その誉もいと明らけき。民への教えのいと厚きは、天の下された道に倣えばこそ。このうま酒で、祖霊よ宴し遊び給え。
ゆうゆうと(祖霊の使者の)鹿が鳴き、野の芩を食む。我がもとに降りしは祖先の御霊、いざ瑟を弾き笙を吹こうぞ。瑟を弾き笙を吹いて、祖先の御霊を楽しましめん。このうま酒で、祖先の御霊を安んぜしめん。

石川忠久『新釈漢文大系 第111巻 詩経(中)』明治書院、1998年 小雅・鹿鳴之什 P162〜163

第10話

漢詩「江南」より

宮廷を去った劉平を江南に連れて行こうとする司馬懿が浮かれて詠う。漢代の民歌。「採蓮」は愛人を探す、「魚戯」は男女の戯れを表す。

江南可采莲
莲叶何田田
鱼戯莲叶间

江南こうなん よもぎを採る
蓮葉はすは 何ぞ田田たる
魚は蓮葉の間に戯れ

江南可採蓮
蓮葉何田田
魚戲蓮葉閒

魚戲蓮葉東
魚戲蓮葉西
魚戲蓮葉南
魚戲蓮葉北

江南かうなんれんし、
蓮葉れんえふなん田田でんでんたる。
うを蓮葉れんえふあひだたはむれ。

うを蓮葉れんえふひがしたはむれ、
うを蓮葉れんえふ西にしたはむれ、
うを蓮葉れんえふみなみたはむれ、
うを蓮葉れんえふきたたはむる。

江南ははすをとるによい。蓮の葉はなんとまあ水上に広がったことよ。魚がその蓮の葉の間にたわむれている。魚がその蓮の葉の東にたわむれている。魚がその西にたわむれている。その南にたわむれている。その北にたわむれている。

内田泉之助『漢詩大系 第四巻 古詩源 上』集英社、1964年 巻三 漢詩 P144〜145

公開:2019.11.25 更新:2019.11.30