陸抗と羊祜の時間

 「私にはもう時間がないのです」

 某サイトさんで羊祜と陸抗にはとっても時間がないーという話を読んで、結局彼らはいつ知り合ったのだろうか、と考えていた。

 一般的なイメージでは、まず歩闡の乱(西陵の戦い)があり、結果として武力で制圧できないことを悟った羊祜が、呉の人心を掴む戦略に出る。羊祜と陸抗の交流はその過程で生まれたもの、ということになっている。この場合、ふたりに許された時間はたったの一年半。戦いの期間を含めても知り合ってからたった二年ということに。さらに遠距離ということを考えると、致命的なほど時間がない。

 しかし、羊祜は元より徳政に務めていたところ、戦いの後になってよりいっそう磨きをかけたように読める。歩闡の乱前後でふたりの赴任先に変更はないし、強引ではあるが、可能性として、乱で戦う以前から交流があったかもしれない。この場合には、最長で陸抗が楽郷にやってきた270年夏から274年秋まで四年くらい確保できる。(羊祜が襄陽にやってきたのは269年ってことでいいのかな?)

 ……むしろ戦う前から仲良しなほうが物語的にはよくない? しまった設定間違えたー!

2007.06.18