ドラマ「三国機密」に登場する古典(7)49〜最終話

中国ドラマ「三国志 Secret of Three Kingdoms」(原題「三国機密之潜龍在淵」)の台詞に引用される故事・詩などの出典を調べてみた。赤枠は本編の字幕より引用。

第49話

古詩十九首・第十五首より

曹操に見限られて不遇を託つ曹植が酔いながら詠む。作者不明の古詩。

生年不满百
常怀千岁忧
昼短苦夜长
何不秉烛游

生年は
百に満たず
常に千歳せんざいの憂いをいだ
昼は短くして
夜の長きに苦しむ
何ぞしょくりて遊ばざる

生年不滿百 常懷千歲憂
晝短苦夜長 何不秉燭游

爲樂當及時 何能待來茲
愚者愛惜費 但爲後世嗤
仙人王子喬 難可與等期

生年せいねんひゃく滿たず、つね千歲せんざいうれひいだく。
ひるみじかくしてよるながきにくるしむ、なんしょくつてあそばざる。

たのしみをすはまさときおよぶべし、なん來茲らいしたん。
愚者ぐしや愛惜あいせきし、ただ後世こうせいわらひるのみ。
仙人せんにん王子喬わうしけうは、ともひとしうすきことかたし。

通釈 人間は百歳までは生きられぬのに、千年後のことまで考えて、日夜憂いの種をまくのは愚かなことである。もし昼が短く、夜が長いのを苦にするなら、なぜにともしびをてらして、夜を日につぎ遊ばぬのだ。楽しみを求めようとなら、つとめて今の機会をのがさぬようにせよ。あてにもならぬ来年を待ったとて、どうなるものか。然るに、世の愚か者は、いたずらに費用を出し惜しんで金を貯めているが、後の世の人々に笑われるだけ。仙人王子喬は不老長生を得たと伝えるが、常人にそれと競争などはとてもできぬことだ。

内田泉之助・網祐次『新釈漢文大系 第15巻 文選(詩篇)下』(明治書院、1964年)pp.568-569 雑詩上(古詩十九首)

第50話

易経えききょう』より

孔融が儒者の集会の建物を「潜龍観」と名付けたことを語る司馬懿に、劉平が返す。ドラマの原題にも使われる「潜龍」(まだ位についていない天子、または世に出ていない英雄の喩え)の語はこれまでにも何度か登場した。

初九 潜龙 勿用
孔融在比喻朕的弱小
和曹氏的专权

“初九 潜龍せんりょうなり
 用うるなかれ”

私の弱さと
そう氏の専横の比喩だな

【潜竜(龍)用】センリョウもちいることなかれ 水中にひそみ、まだ天に昇る時節がこない竜は、活動してはならない。君子や大人物であっても、機会に恵まれないうちは、強いて活動をしてはいけないということ。〈易・乾初九〉

『全訳 漢辞海 第三版』(三省堂、2011年)

初九、潛龍。勿用。

初九しよきう潛龍せんりゆうなり。もちふることなかれ。

初九は最下の陽爻、陽気の地下に潜在することを示す。龍が乾の象であるから、初九は淵にひそみ隠れている龍の象である。まだその才徳を施用すべき時ではないので、その占は施し用いることなかれとの戒辞である。

今井宇三郎『新釈漢文大系 第23巻 易経(上)』(明治書院、1987年) 周易上經 (1)乾 P94〜95

書経しょきょう湯誓とうせい篇より

打倒曹操の陰謀を決意した崔琰が、日を見上げながら語る。とう(殷の開祖)が、暴虐な夏のけつを討つ際の話。「日」は君の意で、人民が桀王を指したもの(あるいは桀王自身が擬えたとも)。ここでは曹操を擬えている。自分たちが犠牲となってでも曹操を討つ決意の言か。

时日曷丧
予及汝皆亡

の日 いつほろびん
予となんじともほろびん

  湯王夏を討たざるべからざるを說く

王曰、「格爾衆庶。悉聽朕言。非台小子敢行稱亂。有夏多辠、天命殛之。今爾有衆、汝曰、『我后不恤我衆、舍我穡事、而割正。』予惟聞汝衆言、夏氏有辠、予畏上帝。不敢不正。今汝其乃曰、『夏辠其如台。』夏王、率遏衆力、率割夏邑。有衆率怠弗協、曰、『時日曷喪、予及汝皆亡。』夏徳若茲、今朕必往。爾尙輔予一人、致天之罰。予其大賚汝。爾無不信、朕不食言。爾不從誓言、予則奴戮汝、罔有攸赦。」

王曰く、「格れ爾衆庶。悉く朕が言を聽け。台小子敢へて行(=枉)に亂を稱ぐるに非ず。有夏多辠にして、天命じて之を殛せしむ。今爾有衆、汝曰く、『我が后、我が衆を恤まず、我が穡事を舍きて、割ぞ正つ』と。予惟れ汝衆の言を聞くも、夏氏辠有れば、予上帝を畏る。敢へて正たずんばあらず。今汝其れ乃ち曰はん、『夏の辠其如台』と。夏王、率に衆力を遏して、率に夏邑を割す。有衆率に怠って協せずして、曰く、きみいつほろびん、なんぢともほろびん』と。夏徳茲の若し、今朕必ず往かん。爾尙くは予一人を輔け、天の罰を致せ。予は其れ大いに汝に賚へん。爾信無ぜざるなかれ、朕は言を食らず。爾誓言に從はざれば、予則ち汝を奴戮して、赦す攸有る罔からん」と。

通釈 〔商の湯〕王が〔大衆に誓って〕いう、「たれ、汝衆庶よ。一人残らずが言うことを〔心して〕聴け。予小子よしょうし(王の自称の語)が敢えてよこしまに乱を挙げようとするのではない。有夏が多くの罪〔を犯しているので〕、天が〔朕に〕命じてらしめようとするのだ。今、汝ら大衆、汝らは『わがきみはわれわれ衆民のことをあわれまず、われわれの農耕のつとめを捨ておいて、なんで征伐するのか。』といっている。予は汝ら衆民の〔この〕言を聞いているが、夏氏に罪があるので、予は上帝〔の有罪者は罰せよとの命令〕をおそれる。〔だから〕どうしても征伐しなければならないのだ。〔このが言を聞いて〕今、汝らは、『夏の罪はいったい如何いかがであるか。』と、あやしむであろう。〔それは〕夏の王(けつ王をさす)は、衆民の力をつきさせ、夏のまち々をそこなった〔からだ〕。そこで大衆は怠って協力せず、『このきみは何時ほろびるであろうか。〔その亡びる時には、〕われわれも汝(桀王をいう)とともにみな亡びてしまうだろう。』といっているのだ。夏の徳(なしわざ)はかくごとくである。だから予は必ずくのだ。汝らこいねがわくは予一人(天子の国民に対する自称の語)をたすけて、天の罰を致せ。予は大いに汝ら〔の功に対し、賞を〕あたえるであろうぞ。汝らは〔予を〕信じなくてはいけない。予は食言することはないのだ。汝らが〔この〕誓に従わないならば、予は汝らを奴隷にして辱め、ゆるすことはないであろう。」

加藤常賢『新釈漢文大系 第25巻 書経(上)』(明治書院、1983年) 湯誓 P98〜99

孟子見梁惠王、王立於沼上、顧鴻雁麋鹿曰、賢者亦樂此乎、孟子對曰、賢者而後樂此、不賢者雖有此不樂也、詩云、經始靈臺、經之營之、庶民攻之、不日成之、經始勿亟、庶民子來、王在靈囿、麀鹿攸伏、麀鹿濯濯、白鳥鶴鶴、王在靈沼、於牣魚躍、文王以民力爲臺爲沼、而民歡樂之、謂其臺曰靈臺、謂其沼曰靈沼、樂其有麋鹿魚鱉、古之人與民偕樂、故能樂也、湯誓曰、時日害喪、予及女皆亡、民欲與之偕亡、雖有臺池鳥獸、豈能獨樂哉、

孟子が梁の恵王にお目にかかった。(……)〔書経の〕湯誓篇に、「人民は夏の桀王を太陽になぞらえて『〔ああ、苦しい。〕この太陽はいったい、いつ亡びるのだろう。その時がくるなら、自分もいっしょに亡んだとてかまわない』といって呪ったとありますが、こんなに人民から『いっしょになら、この身を棄ててもかまわぬ』とまで怨まれるようになっては、いくら立派な台や池や鳥・獣があったとて、いつまでも自分ひとりで楽しんでなどおられましょうや。」

小林勝人訳注『孟子(上)』(岩波文庫、1968年)pp.36-38 梁恵王章句上

韓非子かんぴし主道しゅどうより

崔琰の計画を阻止しようと潜龍観の集会にやってきた劉平が演説する。

崔尚书聚众位于此论道
道者 道者
万物之始
是非之紀也

(……)
朕希望诸位
心在君子之道
(……)

ここに集まった皆に話がある
道のことだ
“道とは—”
“万物の始め 是非の紀なり”

(……)
皆には心の中に
賢者の道を持ってほしい
(……)

道者萬物之始、是非之紀也。是以明君守始以知萬物之源、治紀以知善敗之端。故虛靜以待、令名自命也、令事自定也。虛則知實之情、靜則知動之正。有言者自爲名、有事者自爲形。形名參同、君乃無事焉、歸之其情。故曰、君無見其所欲、君見其所欲、臣自將雕琢、君無見其意、君見其意、臣將自表異。故曰、去好去惡臣乃見素、去賢去智臣乃自備。

みち萬物ばんぶつにして、是非ぜひなり。是を以て明君は始を守りて以て萬物の源を知り、紀を治めて以て善敗の端を知る。故に虛靜にして以て待ち、名をして自ら命らしめ、事をして自ら定めしむ。虛ならば則ち實の情を知り、靜ならば則ち動の正を知らむ。言有る者は自ら名を爲し、事有る者は自ら形を爲す。形と名と參同せば、君乃ち事無く、之を其の情に歸せむ。故に曰く、君は其の欲する所を見す無かれ、君其の欲する所を見すときは、臣將に自ら彫琢せむとす、君は其の意を見す無かれ、君見の意を其すときは、臣將に自ら異を表せむとすと。故に曰く、好を去り惡を去らば臣乃ち素を見し、賢を去り智を去らば臣乃ち自ら備へむ、と。

みちと申すものが万物の根源であり、是非の基本であります。そこで賢君は何事にも根元を求め、根元において物ごとの性質を理解し、また是非善悪の基本をよく知って、人の行動の成否が何によるかを察するのです。即ち賢君はきょせいとを心構えにして臣下の出ようを待ち、かれらの(能力に関する)名声を自由に宣伝させ、また実地の仕事で自由に成績を示させるのです。このさい君主の心がきょで先入観がないから臣下の実情がよく分り、せいにしてじっと待ち構えているから相手の動きが正確に分ります。そもそも志があってそれを言う人には自然に名声が立ち、また腕があって仕事をすれぱ自然に成績が出てきますから、名声と実績とを比べて検査すれば、君主は苦労をせずに臣下の性質や能力をすべて真相でとらえることができます。ゆえに古人は申しました、君は欲望を知られてはいけない、君の欲望を知ると臣は自分を飾ろうとする、君は意志を知られてはいけない、君の意志を知ると臣は自分を変えて見せようとする、と。また、こうも申しました、君がこのみとにくしみをかくせば臣は始めて正体を見せる、君が賢こさや知恵をかくせば臣は始めて正直にふるまう、と。

(語釈より)道 原理・根源者・神というような物。是非之紀 紀は小綱をたばねたもの、総括者・基本点。

竹内照夫『新釈漢文大系 第11巻 韓非子(上)』(明治書院、1960年)pp.48-56 主道第五

第52話

論語ろんご衛霊公えいれいこう篇より

曹操の元を去る荀彧の言葉。司馬懿劉平に告げた言葉と同じでもある(第48話参照)。余談だがこの台詞で「阿瞞」(曹操の幼名)を「曹様」と訳してしまうのは、あんまりだと思う……

道不同
不相为谋

今日之曹公
早就不再需要
当初的文若了
今当远别
阿瞒
珍重

“道 同じからざれば—
 あい ためはからず”

今のそう様には—
あの頃の文若ぶんじゃく
不要なのですね
これでお別れです
そう
ご自愛ください

詩経しきょう国風こくふう唐風とうふう葛生かつせい

伏寿の棺に語りかける劉平。亡き配偶者(夫)を悼む挽歌の一節。一般に死後を意味する「百歳の後」はこの詩を由来とするようだが、ここでは自分の寿命による死までの歳月の長さを表現しており、劉平の、これからの孤独な長い時間をそれでも強く生きるという前向きさも感じ取れる。

百岁之后
归于其室

等着我

“百歳の後—
 の室に帰らん”

待っていて

葛生蒙楚 蘞蔓于野
予美亡此 誰與獨處

葛生蒙棘 蘞蔓于域
予美亡此 誰與獨息

角枕粲兮 錦衾爛兮
予美亡此 誰與獨旦

夏之日 冬之夜
百歳之後 歸于其居

冬之夜 夏之日
百歳之後 歸于其室

くずしゃうじておほひ 蘞蔓れんまんせり
 ここぼうじ たれともにかひとらん

くずしやうじてきょくおほひ ゐき蘞蔓れんまんせり
 ここぼうじ たれともにかひとやすまん

角枕かくちん さんたり 錦衾きんきん らんたり
 ここぼうじ たれともにかひとやすまん

なつ ふゆ
百歳ひやくさいのち きよせん

ふゆ なつ
百歳ひやくさいのち しつせん

通釈 葛はのびていばらをおおい、つるは郊外の墓地いっぱいにひろがる。我がよきつまはここに葬られ、ひとりっきりで眠る。
 葛はのびていばらをおおい、つるは墓地いっぱいにひろがる。我がよきつまはここに葬られ、ひとりっきりで眠る。
 副葬品の角枕はキラキラとまばゆく、錦衾きょうかたびらは美しくかがやく。我がよきつまはここに葬られ、ひとりっきりで眠る。
 永き夏の日、冬の夜を過ぎ、百歳ももとせの後に、あなたのもとに参りましょう。
 長き冬の夜、夏の日を過ぎ、百歳ももとせの後に、あなたのもとに帰りましょう。

石川忠久『新釈漢文大系 第111巻 詩経(中)』(明治書院、1998年)pp.26-27 国風・唐風・葛生

屈原くつげん離騒りそう」より

荀彧の葬儀で語りかける劉平第17話に登場した屈原の詩。字幕の訓読は少し異なる。

既替余以蕙纕兮
又申之以揽茝
亦余心之所善兮
虽九死其尤未悔

令君无愧当日誓言
有臣如此
有知己如此
是朕之福

“既に余をつるに蕙纕けいじょうもってし
また これかさぬるに
 攬茝らんしを以てす”
た余の心のしとする所”
“九死すといえど
 其れいまだ悔いず”

じゅん令君れいくんは自らの誓いを
守り通した
臣下であり友だった
誇りに思う

李旦(唐の睿宗)「冊皇帝妃王氏為皇后誥」より

皇后冊立の儀式での台詞。唐代の誥命を参考にしている?

王者建邦
设内辅之职
圣人作则
崇阴教之道
魏公之女曹氏
冠荩盛门
幽闲令德
宜正六宫
册为皇后

王者 くにを建て
内輔ないほの職を設く
聖人 のりを作り
陰教の道をとうと
公の娘 そう
冠蓋かんがい 門に盛んにして
幽閑にして 令徳あり
六宮りっきゅうを正すによろしく
冊して皇后と為す

冊皇帝妃王氏為皇后誥

王者建邦,設內輔之職;聖人作則,崇陰教之道。式清四海,以正二儀。皇帝妃王氏,冠藎盛門,幽閒令德,藝兼圖史,訓備公宮。頃屬艱危,克揚功烈,聿興昌運,實賴贊成。正位六宮,宜膺盛典。可冊為皇后。

中國哲學書電子化計劃 > 全唐文 > 卷十九

第54話

司馬しば相如しょうじょ琴歌きんか二首」其一「ほうほう」より

即位式を前に、庭で琴を弾いている曹丕が詠む。前漢の詩人・司馬相如が、琴を弾いて富豪の娘・たく文君ぶんくんの気を引いた歌。文君は夫を亡くし実家にいたが、宴で相如の琴の音に惹かれ、二人は駆け落ちして結ばれた。このドラマにおける曹丕甄宓の出会いに擬えている。なお文君は、のちに相如が妾を持ったため「白頭吟」を詠んで別れを突きつけたともされ、甄宓曹丕に別れを告げる展開も暗示しているものか。

有艳淑女在闺房
室迩人遐毒我肠
何缘交颈为鸳鸯
胡颉颃兮共翱翔

えんたる淑女有りて
閨房けいぼうに在り
室はちかきも人はとおく—
我がはらわたを毒す
何にりてくびを交え
鴛鴦えんおう
なん頡頏きっこう
共に翱翔こうしょうせん

鳳兮鳳兮歸故鄉 遨遊四海求其凰
時未通遇兮無所將
何悟今夕升斯堂 有豔淑女在此房
室邇人遐毒我膓 何緣交頸爲鴛鴦

ほうほう故鄉こきゃうかへる、四海しかい遨遊がういうしてわうもとむ。
ときいま通遇つうぐうせずひきゐるところし。
なんさとらん今夕こんせきだうのぼり、えんたる淑女しゆくぢよばうらんとは。
しつちかひととほはらわたどくす、なにりてくびまじへて鴛鴦ゑんあうらん。

通釈 雄鳳が故郷へもどってきた。彼は四海に遊んで雌鳳を求めたのだ。しかしこれまでは時節にも遇わず、動機にも恵まれなかったのに、思いがけなくも今宵はこのお座敷にあがることができ、ここにあでやかな淑女が居られる。室は近いのだが、その人ははるかなる思い。私の腸をひどくいたませる。どうしたならあの人と頸を交じえかわす鴛鴦おしどりのようになれるだろう。

内田泉之助『新釈漢文大系 第61巻 玉台新詠(下)』(明治書院、1975年)pp.550-552 巻九 琴歌二首

たく ぶんくん【卓文君】

前漢の蜀しよくの富豪の娘。文人の司馬相如しようじよと知り合い、成都に駆け落ちして辛苦をともにした。のち相如が心変わりした際、「白頭吟」を作って決別の意を示した。後世、戯曲などの題材とされる。

『スーパー大辞林 3.0』(三省堂、2008年)

2020.01.25

Tags: 三国志ドラマ 三国機密 漢詩