ドラマ「三国機密」に登場する古典 ⑪ 51〜54話
中国ドラマ「三国志 Secret of Three Kingdoms」(原題「三国機密之潜龍在淵」)の台詞に引用される故事・詩などの出典を調べた。赤枠は本編の字幕より引用。
目次
第51話
『孟子』告子章句上より
潜龍観にて、なぜ来たのかと嘆く崔琰を、劉平が諭す。このフレーズは第5話、第47話にも四字熟語の形で使われた。
朕不能让你那么做
舍生而取义
是天子自己的坚持
不是对他人的命令止めに来たのだ
義のために命を捨てる
それは皇帝が自らすべきこと
人には命じぬ
舎㆑生而取㆑義者也 せいヲおキテぎヲとルものなり
〔訳〕命をさしおいて義を求める〈孟・告子上〉『全訳 漢辞海(第四版)』(三省堂、2017年)
孟子曰、[……]生亦我所欲也、義亦我所欲也、二者不可得兼、舍生而取義者也、生亦我所欲、所欲有甚於生者、故不爲茍得也、[……]
孟子がいわれた。[……]生命もぜひ守りたいし、義もまたぜひ守りたい。だがもし、どちらか一方を選ばねばならぬ場合には、自分は生命を捨てても、義の方を守りたい。もちろん、生命は自分の望むところだが、それよりも以上に望むところのもの(すなわち義)があるから、それを捨ててまでも、生命を守ろうとはしないまでだ。[……]
小林勝人訳注『孟子(下)』(岩波文庫、1972年) 告子章句上 pp.248-250
『史記』鄒陽伝より
謀反人となった故・伏完の館から発見された荀彧と楊彪の文は偽物だと主張する楊修に、曹操が応える。
第38話で死を前にした郭嘉が劉平に語ったのと同じフレーズだが、郭嘉と劉平が「傾蓋如故」であったのに対し、曹操は荀彧に対し「白頭如新」と疑っているという、対照的な状況である。日本語字幕では意訳されている。
(杨修)
荀令君是曹公心腹
又怎会知情不报
足见此信之报(曹操)
白头如新
世人的心
天知道(楊修)
腹心の荀令君なら
曹様に話すはず
この文は偽物です(曹操)
長い付き合いでも—
人の心は分からぬ
天だけが知る
[……]諺曰、有白頭如新、傾蓋如故。何則知與不知也。[……]
諺に曰く、白頭まで新の如く、蓋を傾けて故の如き有り、と。何となれば則ち知ると知らざるとなり。
[……]ことわざに『白髪頭になるまで長く交際しても、新しく知り合ったかのように心を許し合えず、道で会って車のおおいを傾けて立ち話をしただけでも、古くからの親友と同じように、深く心が通じる』とあります。なぜそうなるかといえば、相手の心を知るか知らないかの違いであります。[……]
水沢利忠『新釈漢文大系 第89巻 史記 九(列伝二)』(明治書院、1993年) 魯仲連鄒陽列伝第二十三 pp.316-335
『詩経』小雅・谷風之什「北山」より
捕らわれて連行される楊修が、司馬懿に話したいと声を掛けられ、兵士に放すよう求める。第48話にも登場した表現。(詳細は48話参照)
普天之下 莫非王土
还怕我能跑到何处去“普天の下
王土に非ざる莫し”
私に逃げる所などない
〔詩経、小雅、北山〕溥天之下(フテンのもと)、莫㆑非㆓王土㆒(オウドにあらざるはなく)、率土之浜(ソットのヒン)、莫㆑非㆓王臣㆒(オウシンにあらざるはなし)。→ 天のあまねくおおう下は、天子の土地でないところはなく(みな天子の土地であり)、陸地の続き果てるどこまでも、(そこに住む人は)天子の臣でないものはいない(みな天子の臣である)。
『新漢語林(第二版)』(大修館書店、2011年)
第52話
『論語』衛霊公篇より
曹操の元を去る荀彧の言葉。司馬懿が劉平に別れを告げた言葉と同じでもある(詳細は第48話参照)。
余談だが、ここで荀彧が最後に曹操を幼名で「阿瞞」と呼んだのを「曹様」に統一してしまう字幕(日頃から「曹公」が「曹様」と訳されている)は酷いと思う……。
道不同
不相为谋
今日之曹公
早就不再需要
当初的文若了
今当远别
阿瞒
珍重“道 同じからざれば—
相 為に謀らず”
今の曹様には—
あの頃の文若は
不要なのですね
これでお別れです
曹様
ご自愛ください
『詩経』国風・唐風「葛生」より
伏寿の棺に語りかける劉平。亡き配偶者(夫)を悼む挽歌の一節。一般に死後を意味する「百歳の後」はこの詩を由来とするようだが、ここでは自分の寿命による死までの歳月の長さを表現しており、劉平の、これからの孤独な長い時間をそれでも強く生きるという前向きさも感じ取れる。
百岁之后
归于其室
等着我“百歳の後—
其の室に帰らん”
待っていて
葛生蒙楚 蘞蔓于野
予美亡此 誰與獨處葛生蒙棘 蘞蔓于域
予美亡此 誰與獨息角枕粲兮 錦衾爛兮
予美亡此 誰與獨旦夏之日 冬之夜
百歳之後 歸于其居冬之夜 夏之日
百歳之後 歸于其室葛は生じて楚を蒙ひ 野に蘞蔓せり
予が美 此に亡じ 誰と與にか獨り處らん葛は生じて棘を蒙ひ 域に蘞蔓せり
予が美 此に亡じ 誰と與にか獨り息まん角枕 粲たり 錦衾 爛たり
予が美 此に亡じ 誰と與にか獨り旦まん夏の日 冬の夜
百歳の後 其の居に歸せん冬の夜 夏の日
百歳の後 其の室に歸せん通釈 葛はのびて楚をおおい、つるは郊外の墓地いっぱいにひろがる。我がよき夫はここに葬られ、ひとりっきりで眠る。
葛はのびて棘をおおい、つるは墓地いっぱいにひろがる。我がよき夫はここに葬られ、ひとりっきりで眠る。
副葬品の角枕はキラキラとまばゆく、錦衾は美しくかがやく。我がよき夫はここに葬られ、ひとりっきりで眠る。
永き夏の日、冬の夜を過ぎ、百歳の後に、あなたのもとに参りましょう。
長き冬の夜、夏の日を過ぎ、百歳の後に、あなたのもとに帰りましょう。石川忠久『新釈漢文大系 第111巻 詩経(中)』(明治書院、1998年) 国風・唐風・葛生 pp.26-27
『孟子』告子章句上より
市中に晒された孔融の首の前で盧毓が演説し、儒学生たちが呼応する。第5話、第47話、第51話にも使われた表現。
官员们迫于乱臣淫威
不敢収尸
我们収
曹操要降罪
我们就追随孔先生
舍生取义役人は逆臣の目を恐れて
屍を葬らぬ
皆で葬ろう
曹操を恐れず—
孔先生に続いて
命を懸けて義を守ろう
屈原「離騒」より
荀彧の葬儀で語りかける劉平。第18話に登場した屈原の詩。(字幕の訓読は少し異なる)
既替余以蕙纕兮
又申之以揽茝
亦余心之所善兮
虽九死其尤未悔
令君无愧当日誓言
有臣如此
有知己如此
是朕之福“既に余を替つるに蕙纕を以てし—”
“又 之に申ぬるに
攬茝を以てす”
“亦た余の心の善しとする所”
“九死すと雖も
其れ猶ほ未だ悔いず”
荀令君は自らの誓いを
守り通した—
臣下であり友だった
誇りに思う
李旦(唐の睿宗)「冊皇帝妃王氏為皇后誥」より(?)
皇后冊立の儀式での口上。唐代の誥命を参考に書かれている?
王者建邦
设内辅之职
圣人作则
崇阴教之道
魏公之女曹氏
冠荩盛门
幽闲令德
宜正六宫
册为皇后王者 邦を建て
内輔の職を設く
聖人 則を作り
陰教の道を崇ぶ
魏公の娘 曹氏
冠蓋 門に盛んにして
幽閑にして 令徳あり
六宮を正すに宜しく
冊して皇后と為す
○冊皇帝妃王氏為皇后誥
王者建邦,設內輔之職;聖人作則,崇陰教之道。式清四海,以正二儀。皇帝妃王氏,冠藎盛門,幽閒令德,藝兼圖史,訓備公宮。頃屬艱危,克揚功烈,聿興昌運,實賴贊成。正位六宮,宜膺盛典。可冊為皇后。
第53話
杜甫「寄李十二白二十韻(李十二白に寄す二十韻)」より
曹操軍の軍議にて、関羽に対抗する策を献策した司馬懿を賞賛する曹丕。杜甫の詩に由来する言い回しで、李白の詩才を賞賛した表現。ドラマの舞台より後の時代ではあるが、司馬懿の才能に惚れ込んでいる曹丕の心境に重なる。
仲达真是智计惊风雨
韬略泣鬼神
今日还好有你在啊
不然 大家真的就束手无策了恐ろしいほどの知謀だな
お前がいなければ皆
途方にくれていた
【泣㆓鬼神(神)㆒】 キシンをなかしむ
鬼神をも感動させる。詩文に心がこもり感動的であることのたとえ。〈杜甫-詩・寄李十二白〉
『全訳 漢辞海(第四版)』(三省堂、2017年)
昔年有狂客
號爾謫仙人
筆落驚風雨
詩成泣鬼神
聲名從此大
汩沒一朝伸
文彩承殊渥
流傳必絕倫
龍舟移棹晚
獸錦奪袍新
[……]昔年 狂客有り
爾を謫仙人と號す
筆落ちて風雨を驚かせ
詩成りて鬼神を泣かしむ
聲名 此從り大
汩沒 一朝伸ぶ
文彩は殊渥を承け
流傳は必ず絕倫
龍舟 棹を移すこと晚く
獸錦 袍を奪ふこと新たなり
[……]むかし不羈奔放な人がいて、君に謫仙人という名をつけた。
筆を下ろせば雨風もびっくり。詩ができあがれば鬼神も泣き出す。
名声はその時から高まって、埋もれていた身は一朝にして世に飛び出した。
華やかな作は破格の思し召しを賜り、世間ではどの作も飛び抜けた流行ぶり。
龍の御船がゆるやかに水に滑る。人から取り上げた聖獣模様の袍を改めて与えられた。
[……]川合康三『新釈漢文大系 詩人編 6 杜甫(上)』(明治書院、2019年)寄李十二白二十韻 pp.306-307
『易経』乾為天より
「六年間、淵に潜んでいた龍」である劉平が洛陽の曹操の元へやってくることを語り、司馬懿の意思を探る曹丕。ドラマの原題である「潜龍在淵」を筆頭に乾為天の「龍」は、これまでにも様々な場面でした。出典の詳細は第9話参照。
六载潜龙在渊
一朝蹑云而上
风雷之中
仲达该何去何从潜んでいた龍がとうとう現れた
一体 仲達はどうするつもりだ
「兵法三十六計」より
挙兵した曹彰への対応に夏侯惇を赴かせるという司馬懿の進言に対し、実は劉平のための策略ではないかと疑う曹丕。日本語字幕では省略されているが、第27話にも登場した「調虎離山」の表現が使われている。ここでの用法とはやや異なるが、敵を誘い出し、有利な地から引き離して戦う計略をいう。(詳細は27話参照)
你是不是想调虎离山
把孤的亲信都调开
好让他坐收渔利何を企んでいるのだ
予の腹心を引き離し
あいつを助けるのか
第54話
司馬相如「琴歌二首」其一「鳳兮鳳兮」より
即位式を前に、庭で琴を弾いている曹丕が詠む。前漢の詩人・司馬相如が、琴を弾いて富豪の娘・卓文君の気を引いた歌。文君は夫を亡くし実家にいたが、宴で相如の琴の音に惹かれ、二人は駆け落ちして結ばれた。このドラマにおける曹丕と甄宓の出会いに擬えている。なお文君は、のちに相如が妾を持ったため「白頭吟」を詠んで別れを突きつけようとしたとされ、甄宓が曹丕に別れを告げる展開も暗示しているものか。
追記:馬伯庸の原作小説では、鄴での二人の出会いの場面にこの詩が登場する。
有艳淑女在闺房
室迩人遐毒我肠
何缘交颈为鸳鸯
胡颉颃兮共翱翔艶たる淑女有りて
閨房に在り
室は邇きも人は遐く—
我が腸を毒す
何に縁りて頸を交え
鴛鴦と為り
胡ぞ頡頏し
共に翱翔せん
鳳兮鳳兮歸故鄉 遨遊四海求其凰
時未通遇兮無所將
何悟今夕升斯堂 有豔淑女在此房
室邇人遐毒我膓 何緣交頸爲鴛鴦鳳や鳳や故鄉に歸る、四海に遨遊して其の凰を求む。
時未だ通遇せず將ゐる所無し。
何ぞ悟らん今夕斯の堂に升り、豔たる淑女有り此の房に在らんとは。
室は邇く人遐く我が膓を毒す、何に緣りて頸を交へて鴛鴦と爲らん。通釈 雄鳳が故郷へもどってきた。彼は四海に遊んで雌鳳を求めたのだ。しかしこれまでは時節にも遇わず、動機にも恵まれなかったのに、思いがけなくも今宵はこのお座敷にあがることができ、ここにあでやかな淑女が居られる。室は近いのだが、その人ははるかなる思い。私の腸をひどくいたませる。どうしたならあの人と頸を交じえかわす鴛鴦のようになれるだろう。
内田泉之助『新釈漢文大系 第61巻 玉台新詠(下)』(明治書院、1975年) 巻九 琴歌二首 pp.550-552
たく ぶんくん【卓文君】
前漢の蜀の富豪の娘。文人の司馬相如と知り合い、成都に駆け落ちして辛苦をともにした。のち相如が心変わりした際、「白頭吟」を作って決別の意を示した。後世、戯曲などの題材とされる。
『スーパー大辞林 3.0』(三省堂、2008年)
公開:2020.01.25 更新:2022.04.15