その他の覚え書き

人生百年?

 三国時代といえば古代であり、人生五十年という感じかと思いきや、意外にも長寿の人物が多い。八十代まで存命の人は多く見られ、九十代も決して少なくはない。たとえば司馬懿の弟である司馬孚は九十三歳、呉の大司馬・呂岱は九十六歳、蜀の来敏に至っては九十七歳まで存命。また、鮑出という人の母は百歳を超えても生きていた。一応、七十歳で引退という目安はあるようだが、現実には呉を滅ぼした際の王濬など七十半ばにして大活躍。七十を指す「古稀」という言葉はこれより後の時代にできるが、本当に稀だったのか疑わしくなってくる。

 陸抗の子でもある、西晋の文士陸機は「百年歌」という十首の詩作品で、十代から百歳までの人生のステージを表現した。その中では、六十代までは完全に現役でまだまだ人生を謳歌している。七十代からは老境に入るものの、百歳まで生きることも決してあり得なくない、という概念であったことがわかる。(参考:佐藤利行『陸士衡詩集』白帝社、2001年)

 ……よって陸遜が三十九で青二才と言われたとしても、決して不自然なことではない。

大都督とは

 エンタメとしての「三国志」業界では、周瑜魯粛呂蒙陸遜などが「呉の歴代大都督たち」と括られているのを見かけるが、少なくとも呉の大都督とは、大きな戦に際して設けられる権限のようで、官職名ではない。単にその戦の総司令官という意味かもしれない。あくまで彼らは「大都督に任命されたことのある人たち」であり、連綿と続く先輩後輩みたいなものではない。

古代中国人の名前に関して

  • 男子の名は生まれたときに父から与えられる
  • 女子の名は母から与えられる
  • 夫婦間であっても、名を呼ぶのは無礼なことである
  • 二十歳で成人の儀式を行い(加冠)、このときあざなを付ける

ただし実際には、十代で字を付けたり出仕している人もおり、礼の定めと三国時代の現実とは必ずしも同一ではない。

兵士について

 生産を担う民と、「兵戸」という兵士を出す家とは、戸籍で分かれている。「兵戸」の方が格下だが、不足時には生産者から徴兵されることもあるらしい。

撤退と追撃に関して

 戦において、最も敵に損害を与えることができるのは、交戦中よりも敗走する敵への追撃のときだそうだ。いかに損害を出さずに撤退するか、ということは指揮官の才能を問われる。勝つばかりが武将の魅力ではない。

 合肥新城・襄陽あたりでの戦のときのこと。孫権らが合肥新城を攻め、陸遜諸葛瑾が別働で襄陽を攻めるという作戦のはずが、孫権らが合肥で巧くいかず、先に退却に成功。陸遜諸葛瑾は襄陽へ向かっていたので、敵中に残された状態となってしまった。さらに使者が敵の手に落ちたりして情報が漏れ、諸葛瑾はこれを心配して陸遜に書簡を送って早々に撤退しようとすすめる。しかし陸遜は返事を送らず、逆に屯田を開始したり暢気に遊んだりして、長期対陣の構えを見せはじめた。いよいよ不安になったのか諸葛瑾が自らやってきて話を聞くと、敵がさらに援軍を回してきて集中攻撃に遭うおそれもある以上、自ら落ち着いてみせて兵士たちを安心させ、周到に準備をした上で撤退する、という計略であることが判明。諸葛瑾に水軍で撤退の準備をさせると、自らは敵に攻撃をかけて脅かし(て、かねてより陸遜を怖れていた敵軍を)襄陽に後退させた上で、鮮やかに撤退に成功した。

都督と節

 都督諸軍事、都督、督、などというのはいずれも、の軍の指揮権限を有している、ということらしい。

晋の都督

及晉受禪,都督諸軍爲上,監諸軍次之,督諸軍爲下;使持節爲上,持節次之,假節爲下。使持節得殺二千石以下;持節殺無官位人,若軍事,得與使持節同;假節唯軍事得殺犯軍令者。

房玄齡等撰『晉書 三 志』中華書局、1974年 志第十四 職官 P729

 晋では、都督諸軍、監諸軍、督諸軍の順に上位の権限であった。実際の名称は「都督諸軍事」「監諸軍事」などとなり、多くの場合には州名が入る。最上位には全軍の総司令権限「都督中外諸軍事」があり、魏の時代には曹真曹爽司馬懿司馬師司馬昭、西晋初には司馬孚楊駿などが都督中外諸軍事となった。

 また、使持節、持節、仮節といった権限があり(順に上位権限で、実際には「節都督諸軍事」といった状態になる)、死刑にできる配下のレベルの違いがある。使持節は二千石以下の者を死刑にできる。持節は軍事においては使持節同様で、軍事以外においては官位のない者のみ死刑にできる。仮節は軍事において軍規違反をした者のみ死刑にできる。「節」とは権限を象徴する旗印(尖端に房の付いた棒のような物体)の名称。「仮」は借り受けるの意。さらに上の権限として、仮黄鉞がある。「黄鉞」は天子(皇帝)が自ら戦に出るときの印で、それを借りる、つまり皇帝の代理としての権限ということか。

呉の都督

 呉では、魏晋とは異なり県名を冠した都督、督、監が出てくる。都督諸軍事と記されている場合もあるが都督と同一と思われる。督は都督の指揮下にいることがある。「都」は「統べる」という意味があるので、督らの総司令官が都督ということだろうか。